俺は、元々喫煙者だった。
いっても、プライベートしか吸わないし、ヘビースモーカーだったわけでない。
「リベンくん、タバコ吸う人なの?」
「……あ、タバコの臭い無理なのか?」
「吸ってる時、側にいるのはちょっと難しいけど……タバコ事態は嫌いじゃないよ。むしろ、好きかな」
そう言ってはにかむアイツに、胸焦がれる。
タバコの吸う本数が少しだけ増えた。それは、アイツに会う前に吸うようになったから。
緊張を解すためなのもある。だけど、タバコを吸うとアイツは「タバコ、ほどほどにしないと死んじゃうよ」と苦笑しながら言ってくれるんだ。
心配してくれる日渡も好きだ。そして、俺の臭いが日渡に移ってしまえばいいと願ってしまう。それはマーキングのように、お前には所有者がいると周りの男に知らしめる様に。
だけど、そんな淡い夢も簡単に覚める。
夜美を迎えに来るついでに、日渡の勤めてる神社の階段を登りきったのち、見慣れた赤髪が目に入った。必要もないのに物陰にかくれて二人の様子を観察する。
赤髪は、神社だというのにタバコをくわえてて、日渡は少し咳き込みながらも頬を緩めていた。
「で、最近のアイツはここにこないんだな」
「まぁね。お仕事忙しいんじゃないかな……如月くんも、無理しないでね」
「俺の勝手だろ。指図すんな」
「……ごめんね」
うちの組織にもよく訪れる如月。偽名はリオ。通り名は悪魔の処刑人。
アイツは確か、うちに所属してる夜美という女のストーカーのはずだ。おおかた、夜美の知り合いである日渡にも接近しているんだろう。
如月はタバコを吸った直後、日渡の顔に顔を埋めた。
まさか、キスしているのか。
「だ、ダメ。如月くん」
真っ赤になった日渡の耳に気をとられてしまった。そして、アイツは一瞬の動揺に気がつかない訳がない。如月から飛んできた獲物に慌てて身をそらせると、背後にはボウガンの矢が突き刺さってる。
「き、如月くん!?」
「チッ。なんだ、リベンかよ……俺をターゲットにする暗殺者なら殺せたのによ……」
いつの間にボウガンを取り出したのか、ゆっくりと俺に歩み寄る如月。日渡は如月に掴みか止めようとする。
「近付くんじゃねぇ!! 優!」
「で、でも」
「おーおー。無神経なやつだって思ってたが……わりと紳士なんだな」
優が、如月に勝てるはずがない。
俺も、コイツに勝てるとはおもわない。だが、もし優に手出しするなら……刺し違えてでもぶっ殺す。
唾を飲み込み、拳銃を取り出す構えをとる前に如月が口を開いた。
「一応同盟のお前に手を出すことはねーって、安心しろよ」
「…………」
「お前も、この女ごときで抗争騒ぎなんてごめんだろ? あー。いや、お前ら潰せば夜美を手っ取り早く手に入れられるか」
「万が一の場合、前日に組織を抜けたことにする」
「……それは組織思いなことで」
肩を落とした如月は、不敵に笑みを浮かべて俺にしゃがみかかった。鼻にかかるタバコの臭いに眉をしかめる俺に、アイツは囁く。
「優の唇、すげぇやらけぇな」
ざわりと毛が逆立った気がした。殴り付けたい拳は、地面をひっかく。おそらく、俺はすごい形相をしている。
……やっぱり、俺はまだまだだな。こんなんじゃ、日渡が弱みだって口走ってるもんだ。
「……アイツにまだ価値があるのは分かった。これからも仲良くしようぜ、リベンくんよ」
そう続け、立ち去った如月。直ぐに日渡が俺に駆け寄ってくれたが、如月が吸っていたタバコの臭いが日渡に染み付いていて忌々しい。
「リベンくん。大丈ぶぶぶぶぶぶぶ」
悔しかったから、日渡の唇を袖でなんども擦った。ちょっと腫れたかもしれないぽってりした唇に親指を当てる。
「どうしたの? リベンくん」
「…………いや」
何度も何度も、アイツの唇に親指を押し当てて離す。親指が俺の唇なら……お前の中の一番になれるのか? 唇に残った如月の感触を忘れてくれるか?
このタバコの臭いが、なくなってしまえばいい。お前を見やしない如月のものなんかになってほしくない。
俺のでもなくていいから、あんなクソ野郎に人生を捧げるんじゃねぇよ。
「……風呂はいれ、臭い」
「マジか!」
それから、日渡から桜の匂いがするようになった。
たまにタバコの臭いがするが、その度に風呂に入らせる。
俺の匂いが移るわけではないが、アジトに帰った時、時々日渡の優しい匂いが移っていたから、これでもいいかななんて思う自分がいた。
俺がタバコをやめた理由の話だ。
← | top | →