私は、悪人だ。
どうしようもないほど、変えられないほど悪人だ。
幾つもの罪を重ね、塵が積もって山となり、私は今にでも崩れそうな頂上で小さくなっていた。
塵の数が多すぎて、何をしてしまった思い出せない。それさえも私が非情だということがわかる。
だけど、その塵の中で一際目立つ罪があった。それは塵なんかじゃなく、触れると引き込まれて、自分が自分でなくなる罪。目を離せば、考えなければ他の塵と同じなのに、それから目が離せない。
それは、私への罰なんだろう。なんて簡単な罰なんだ。
「夜美ちゃーん!」
久しぶりに日本へ帰国した私は、自然と公園へと足を運んでいた。この場所は私にとって、とても思い入れのある場所だったからなんだろう。
私が現れたことで、私の顔がわれてる地元の人はこどもを抱えて逃げてしまう。だけど、彼女は何時だって、一人でこんなバケモノに駆け寄るんだ。
そして、こんな人を殺めて汚なくなった手を、優しくて暖かくてふわふわした小さな手が包み込む。
「こっちに戻って来たんだね! すっごく嬉しいよ! 里帰り? それともバレンタイン前だからか? 夜美ちゃんも隅に置けないねぇこのこのぉー」
あと一年で中学生だと思われる少女は、無防備なようにみえて、彼女と同い年の子達とは何か違うように見える。何でかなぁ……飛鳥ちゃんは、私の中で一際目立つけど、やっぱり見ていたら辛いんだ。風来さんを見てるときと、同じ気持ちになる。
茶色くて大きな二つのガラス玉が、私の情けない姿を映し出している。彼女は私の手から、両頬に手を滑らせて、心配そうに見上げながら、私の心臓を抉る。
「大丈夫か? 夜美ちゃん大丈夫か? 今にでもまた、自殺しちゃいそうな顔してるよ。誰かに何か嫌なこと言われたの? 誰に、何を言われたの?」
飛鳥ちゃんを見ていたら、苦しくなったなんて答えてみなよ。飛鳥ちゃんは、きっと……。
「夜美ちゃんが自殺するくらい辛いなら……そいつ、死にたいって思わせるから。だから、元気だして……」
……自分で、自分を殺すだろう。
ごめんねっていいながら、早く死ねる方法で死ぬ。それが、彼女なりのシンユウとしてのお詫び。他の子にそう言われて死ぬことはしないだろう。きっと、彼女にとっても私が特別なんだ。
……当たり前だ。私に近寄る限り、この地元では特に、彼女に近寄る人間なんていないんだから。
いや、そうじゃない。
なんで、こうなったんだ。
私はただ、友達が欲しかっただけだった。だから、私に近寄ってくれた飛鳥ちゃんを、優しくしてくれた飛鳥ちゃんと友達になりたくて、どうしたらなれるかなって考えて考えて、お互いをたくさん知ればなれるって思って私はそれで……!!
飛鳥ちゃんを、押し入れに閉じ込めた。
部屋だと親にバレるし、ずっと一緒に居なきゃ意味ないし、隠れる場所がそこしかなかったんだ。
今思い出したら、どうかしてると思う。それだけ切羽詰まっていたのはわかるけど、確かあの押し入れは武器庫だ。知らない人に拉致されて武器と隣り合わせで押し入れに閉じ込められるなんて正気になれるわけない。
最初は、よく泣いてた気がする。だけど、興奮し過ぎて頭に入らなかった。そして、気がついた時には……飛鳥ちゃんは、壊れてしまっていた。今でも、彼女のあの言葉が呪いのように私を蝕む。
『友達になりたかくてがんばったんでしょ? なら夜美ちゃんはなにも悪くないよ!』
拉致したことも。
武器の隣り合わせで、押し入れに閉じ込めたことも。
我が侭で振り回したことも。
私が、死んだとこを目撃しても。
全てを、許したんだ。
許される訳がないのに、飛鳥ちゃんは今と変わらない満面の笑みを浮かべて許した。
それを見て、私は自分の罪にやっと気がついたんだ。
とんでもないことを、またやらかしてしまったのかと。
「……なんだか、寂しいなって思ったの……」
「……おお! そっかそっか。じゃあ飛鳥の胸に飛び込んできんしゃーい! ほれほれ!」
きっと、別に理由があるってわかってるけど聞いてこない飛鳥ちゃんは大人だ。
ほんの少し、大人びていて、明るくて優しくて、そして……私のせいで何かが壊れてしまった、可哀想な被害者。
そんな被害者に抱きつく加害者。きっと、これも許されないことなんだ。
「……暖かい」
許されなくても、すがりたい。そう願う程には私は最低だって話。
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