平均よりは、可愛いお姉さんだった。
日本人として珍しい天然の茶髪に、茶色い瞳がぱっちりと開いて、困惑する僕を映し出す。
そのお姉さんは、どんなお姉さんよりも向日葵みたいに笑うんだ。
「深織くん。御両親は見つかりそう?」
「……いえ」
「そっかぁ……。警察はダメなんだよねぇ……今日も手当たり次第探して見よっか。今日はどこらへんに行こうかな」
後藤飛鳥。今、僕に語りかけた女性の名前だ。
ちなみに、僕は飛鳥さんの家に居候している。何時もなら、体を求めてくるお姉さんのお願いを叶えたら良かったんだけど……このお姉さん。僕に全く手を出してこない上に、衣食住をきっちり与えてくる。彼女曰く「困ったこどもを見捨てるなんて筋違いなことできないよー」らしい。
何で、僕を拾ったんだろう。僕を手込めにするため? それなら理解できるし、何となくだけど飛鳥さんにならされてもいいな、なんて考えちゃうんだ。
「飛鳥さん」
「うん? どうしたの? 深織くん」
「……ぼく、飛鳥さんが大好きです」
だから、僕は飛鳥さんが望んでいるだろう言葉を言ってみた。 目をじっと見つめて、僕へと手が伸びてくる。その手をとって、引っ張って、抱き締めようとしたのに、飛鳥さんの手は僕の手をすり抜けて、頭への乗った。
「あはははっ! 私も深織くんが好きだよー」
「えっ……あ、飛鳥さ、それは」
「弟が出来たみたいで、嬉しいな」
検討違いの回答に、僕の体が鉛みたいに重くなる。そして、僕の答案は僕が望んでいたことだと痛感する。本当の回答は、僕が望まない、まだ理解できない無償の愛だった。
違うんだ。僕は、男として見てほしい。こどもなんかと一緒にしないで。飛鳥さん、僕は飛鳥さんに必要にされたい。僕に、こんな暖かい感情を教えてくれた飛鳥さんに。
「飛鳥さっ……」
飛鳥さんの服を掴んで、いっそのこと押し倒してしまおうかとしたら、テーブルでベルのような音が鳴り始めた。飛鳥さんはスイッチが入ったロボットみたいに携帯に飛び付いて耳にあてる。呆気にとられた僕の世界には、彼女のもて余す幸せをあふれんばかりの笑みを浮かべて、優しくて女性らしい声色で彼を呼ぶ。
「リベンさん! お久しぶりです。しんどいとか疲れたとかないですか? なんなら是非私が看病にでも」
……分かっていたんだ。
手にはいる訳がないって。
拳が震えるくらい握りしめて、歯を噛み合わせてしまう。そうでもしなかったら、僕は地面を殴り付けただろう。それでも、地面はうんともすんとも言わないだろうけどね。
携帯の先にいる男が憎い。皮をはいで存在を無かったようにしてしまいたい。飛鳥さんの記憶からキレイに消え去って、僕が彼女の一番になりたかった。
だけど、目映い光のような彼女に手を伸ばしたら、汚ならしい闇のような僕は消えてしまう。どう足掻いても、手には入らないんだ。
電話が終わっただろう彼女が、変わらない笑みを僕に向ける。それは心臓をえぐるような激痛が走ったが、飛鳥さんの手で捕まれたようにぎゅってしめられるような愛しさが僕を襲う。見ていたいけど、見たくないって矛盾した願いを抱いてしまう。
「えへへ……リベンさん、元気そうだった!」
相手の安否でさえ一喜一憂する彼女に、僕は作れた笑みを浮かべる。それを理解できないくらいには彼女は純真無垢であり、気づかれないような笑みを浮かべられるくらいには、僕は堕ちていたんだ。
「……よかったですね飛鳥さん! 連絡が来るなんて、脈があるかもしれないですよ!」
だけど、それでいいや。元々そういう風につくられたんだし。
なら、堕ちるとこまで堕ちてやる。堕ちて堕ちて堕ちて、そこでも君を笑顔に出来るなら僕はなんでもするよ。
君に嘘をつくくらい、なんてことないさ。
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