小さい頃から、少しだけ教育が厳しい家で住んでいました。
といっても、母と父は仕事でいないので、年の離れた兄と私だけで過ごしていたのですが、兄がとても教育熱心で、忍術や体術、暗殺術等いろんなことを叩き込まれました。だけど、私は弱虫なので兄が怖く見えたのです。
私の任務は比較的簡単なものだったし、暗殺なんてなくて胸を撫で下ろしていました。だけど、任務を行う時には必ず、依頼状を見る前におまじないをしていたのです。心を殺す、おまじないを。
とある日、私は依頼状を開く前にまたおまじないをしました。兄の渡された小さな袋を目の前で小さく揺らし、遂行しなければ、殺されると心に暗示をかけるだけの単純な作業。
しかし、私が心を取り戻した時――つまり、私が任務を終えた時に、不思議な感覚がしたのです。
暖かい何かが、私の足の間にありました。それは、とても黒いものでした。しかし、手にとってる柄の先に一ミリだけちらつく銀色の光が、私の思考を鈍らせます。
黒い固まりから微かに見える肌が、黒い双眼が、私に向けられます。その固まりが黒い頭巾を外しました。
あの鋭い双眼を忘れられることは、一生ないでしょう。
痩せこけたような、少しだけ青白い顔をした男が、私の頭に手を伸ばしました。しかし、私は怖くて怖くて、男の胸に刺さっていたナイフを抜き出し、そのまま伸びてきた手首を切ったのです。
兄の最期の言葉も、私の中でこべりついたように離れません。
『お前は、道原家にいてはならない』
私は、不要な存在だったようで。兄にとって私は忌まわしい存在だったのでしょう。息を引き取った兄の脇で、私は泣きました。
人を殺した恐怖。兄の仕打ち。自分は家族にはいらない存在だったことを酷く恨みました。
悪いことは立て続けに起こります。……そう、何故か私は、父に襲われかけたのです。
兄が亡くなって一日足らずで、私に見たこともない塊を取り出して、矛先を私に向けてきました。慌ててでも、父を取り押さえることができましたが、母までも私に日本刀を向けてきました。
訳がわからなかった。しかし、兄の言った通り、私はいらない子だったことを痛感したのです。
そこから、私は家を飛び出しました。何も考えたく無かった。考えられることが出来なかった。
しかし、外で生き抜く力なんて小学生ほどの年齢の私にはありません。しかも、どうも動物に弱く、食べられるものは彼らに与えてしまいました。
飢餓で死んでしまうのだろう。そう考えていた時に、出雲さんに出会いました。出雲さんは私に良くしてくれて、とても優しくて、本当に申し訳なかった。私みたいなゴミクズを拾ってくれた出雲さんにも、凄く感謝しています。しかし、迷惑なんてかけられない。はやく、一人立ちしなきゃいけない。
しかし、私の人への脅迫概念は酷くなっていました。家族が私を殺しかけたように、私が兄を殺してしまったように、私は人がわからなくなりました。そして、最期に見た兄の目と重なってしまい、人の目をちゃんと見ることが出来なくなった。怖くて、何も言えなくなってしまった。
だけど、史織ちゃんはそんな私を変えました。常に前を見て、強く、孤独の中でも毅然と振る舞う凛々しい姿に私は憧れたのです。
『私は、私のしたいようにしかしません。してないことに後悔したくありませんから。だから……貴女と仲良くなりたいという気持ちに、偽りはありません。そして、私が仲良くしたいと言えるほど貴女には価値があります。これ以上私の価値をさげないでください』
だから、私は史織ちゃんが大好きです。願いが叶うなら、ずっと、仲良くしていたい。お友達でいたい。
だけど、あの男が現れて変わった。
如月鈴太。あの人のせいで、史織ちゃんは本当に孤独になった。私まで、史織ちゃんに近づけなくなった。
私は、やっぱり如月さんが大嫌いだ。
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