小さな研究所で、俺は生まれた。
たくさんの管に繋がれて、たくさんの激痛に苦しみ、俺は十の時に、その研究所から逃げ出した。そして、綺真に拾われたんだ。
最初は研究所の人間かって思った。だけど、綺真の料理は暖かくて、胸が苦しいほど嬉しかったんだ。
こんな孤児の俺を、綺真は支えてくれた。優しくて、誰よりも暖かい綺真。遠慮がちな性格だし、コミュニケーションも得意ではないのかもしれない。だけど、綺真の気遣いは本物で、きっと、いろんな人がこの喫茶店で救われているだろう。
俺は、そんな綺真に恋をした。
綺真の側に、ずっと居たくなった。綺真の笑顔を守り続け、幸せにしたいと心から願えた。
だけど、綺真と俺の間には、何かがある。それは十も年が違うこととか、綺真が極端に自分に自信がないこととか、後は……俺を、何としても幸せにしようとしてる所とか。
綺真にとって、俺は家族なんだろう。保護すべき、家族。
そうじゃねぇんだ。俺はお前の隣に立ちたい。お前の隣で、お前の手を掴んで、支えあって生きていきたい。
そう願うのは、ズルいことなのだろうか。
「ご、ごめんね……! 待ったかな……?」
「待ってない。それより、何かあったのか?」
「え、えと。公園で風船が木にかかっちゃった子見かけて、とってあげたんだけど……お母さんが、お礼にって、それを断るの……難しかったの。遅れちゃって、本当にごめんね。寒くない……?」
もうすぐ高校生になるから、筆記用具とか新しいの買おうかって言ってきた綺真。……金、かけなくていいのに、綺真は変なとこで頑固だ。
綺真と出掛けられるから、いいんだけど。
相変わらず、綺真らしい遅刻の原因に、綺真こそ冷たい手で俺の手を包み込む。それは一瞬で、慌てて手を引っ込めた綺真は苦笑を浮かべた。
「わ、私の方が冷たかったね……そうだ。暖かい飲み物、買おっか」
「いらねぇよ。それなら、帰って綺真がいれたココアが飲みたい」
「じ、じゃあ帰ったら作るね……。そろそろ、買いにいく……?」
恐る恐る訊ねる綺真。わざわざ買い物までして、帰ってまで働かせたくない。ゆっくりして欲しいのが本音で、口を開こうとしたら、何処かで俺にも聞こえる程の話し声が聞こえた。
「あの金髪っぽい人カッコイイ……隣にいる人、お姉さんかな?」
「違っても、いけるくない? 声かけてみようよ」
綺真にも、聞こえたみたいだった。金髪っぽい……つか、黒髪以外は俺しかいないから、俺なんだろう。なら、隣にいる人は綺真だ。
綺真は、口ごもって視線を下に落とし、俺から一歩離れようとする。
こんなに簡単に、俺から離れる綺真の手を、慌てて掴むと綺真は目を丸めて、顔を真っ赤に染めた。
「あ、あの。えと……!」
「……綺真。行こ」
「でも、私なんかとより……!?」
私なんか、またそれだ。
お前なんかじゃない。お前は、すっごく優しいのに。すっごく、素敵な人なのに。
逆に、俺がお前に釣り合うか、心配なくらいなのに。
「……いいから、行こう」
だけど、この気持ちを押し付けて何になる?
お前なんかじゃないと言っても、綺真の自己嫌悪は治らない。抜け出すこともできないし、ただ困らせるだけだ。そんなの、俺は望んでない。
ホントは、ガキ扱いしないでって言いたい。ちゃんと、一人の人間として見てもらいたい。
俺の幸せなんかより、綺真自身を優先してほしい。もっともっと、笑っていて欲しいんだ。
……そう。笑っていて欲しいだけ。
だから、俺は綺真を追い込み過ぎるつもりはないし、苦しませるつもりもない。きっと、俺がもっといい男だったら、綺真も何時かは振り向かざるを得なくなるはず。だから、俺は今日もお前にアプローチする。
「俺、綺真のこと好きだから……綺真と、居てぇから」
少しずつでいいんだ。
俺の気持ちを受け入れて欲しい。少しずつ、慣れてほしい。
少しずつ、愛されてもいいと理解して欲しいだけなんだ。
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