史織ちゃんが消えて、何年経ったか。
如月さんが、史織ちゃんを連れていってしまったんだろう。史織ちゃんがそれを望んで、ついていったことも何となく予想できる。だけど、如月さんは意地悪だから……泣いてないかな? 寂しくないかな?
史織ちゃん。私はね、一人になっちゃったの。夢乃ちゃんも、何でか転校しちゃった。そうしたら、私、また苛められちゃって……私まで、転校することになった。
皆、バラバラになっちゃったね。でも、私だって何時までめ史織ちゃんの背中を追いかける訳にはいかないって思ったの。憧れから、目標にならなきゃ。一人で、前を向けるようにならなきゃって。
それから、私は史織ちゃんみたいに強くなるよう頑張ってみたよ。ブサイクなら、化粧を覚えてまだそれなりになれた。一人立ち出来るように、アルバイトを始めてみたりしたよ。
そうしたら、飲食業に興味を持って、喫茶を開くだけの勉強とか、お金を集めて……小さな喫茶店を開くくらいに、成長できたの。
まだまだ貴女の背は遠いけど、ちょっとでも近づけたかな?
あ、そうだ。
前に、捨て子……みたいな男の子を拾ったって、言ったよね。今日、高校生になったよ。
「綺真(きさね)。水、くんできたぜ」
「……お姉ちゃん、にしよ……?」
「嫌だ。……弟みてぇじゃねぇか」
小さい頃に比べて、背丈がぐんと高くなった行(こう)くん。パーカーを着て、ブレザーを羽織っている。規則通りとは言わないけれど、今時の男の子なんだろうな。
だけど、小さい頃にあげた黒いバンダナで抑えてるプラチナブロンドの髪に、ややつり目がきな赤みが強い焦げ茶色の瞳、綺麗な肌はとても、綺麗だと思う。
「……綺真?」
「……あ、ご、ごめんなさい……」
「綺真は何にも悪いことしてねーだろ。俺、綺真に見られるの嫌いじゃないし。むしろ嬉しいし……」
「え、あ、う……」
「何時も言ってるけど、俺は綺真が好きなんだよ」
ハッキリと述べられる気持ちに、どう答えていいかわからず口を閉じてしまう。
だって、私はもう二十五歳だし、行くんは十五歳。十も違うんだ。十も、おばさんだし……行くんには、もっと素敵な人がたくさんいるはず。
「返事、ずっと待つから。そんな顔すんな。綺真は笑顔が一番可愛いよ」
「……行、くん」
そんなことない。私なんかの笑顔より、他の女のコの笑顔の方が素敵なのに。
――きっと、私が行くんが辛いときに、偶然側に居たからなんだ。
だから、行くんの選択は突破的なもの。もっと大きくなって、もっといろんなことを見たら、考えだって変わるはずだし、私のことも、好きじゃなくなる。
それが、きっと行くんの幸せ。史織ちゃんみたいに、モルモット精神を過剰にした幸せじゃなくて、如月さんみたいな人を蔑ろにして喜ぶ幸せじゃなくて、ありふれているけど、何よりも変えがたい優しい幸せを、行くんに感じて欲しい。それが、私の願い。
「……行くんは、優しいね。私なんかじゃ、勿体無いよ」
出来るだけ、本当に出来るだけ傷つけない言葉を選んだつもりだけど、これ以上は思い浮かばないや。
今の行くんは、辛いかなぁ。でも、きっと何時かは夢から覚めるはず。その踏み台なら。その幸せのためならば。
「……綺真だから、優しくしてるんだけどな」
だけど、まだ覚めない。
私なんかじゃなくて、もっと世界を見て欲しいのに。
君には、もっと相応しい世界があるのに。
私の願いは、何時叶うのだろうか。
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