「茶籐。世の中には科学では表せない摩訶不思議の生き物が存在するんだ。そいつらは何時だって私たちの体を狙ってくる。だからな、その」
「ごちゃごちゃうるせーんで……くそっ! あのクソ女のせいで変な癖できちまったじゃねーか! あああ黙れ! 幽霊なんているわけねーし! いたとしても殺せばいいじゃねーで、だろうが!」
「日本のお化けはさせないんだってばあああ!! なんで私がこんなところにー!」
「このお化け屋敷の場所知ってんのもお前だけだったし、これゴールしたら限定甘味プレゼントしてんだろーが。絶対手に入れてやる……!」
「お前本当甘いものへの執着半端ねぇよなぁ!」
あああもう、うるせぇなぁ。
限定スイーツ目当てに、二つ駅を超えた場所にあるカフェの出し物に俺と田村は参加していた。といっても、カフェ自体でやっているわけではなく、カフェが主催しているお化け屋敷にゴールしたやつに無料で限定甘味をプレゼントって話があるわけだ。
わりと広い場所みたいで、悪臭がする。田村は普段の様子とはかってちがい、俺の服を掴んでくる。だから鬱陶しいんだよ。
だが、ここまで案内してもらった恩はある。全ては甘味のためだ。
「……チッ。手、貸せ」
「は?」
「もしくは勝手に腕組んでろ。言っておくが、幽霊とやらが出てきたら俺の邪魔すんじゃねーぞ。お前ごと殺すからな」
そう吐き捨てて先へと進む。田村は慌てて俺についてきて、人差し指を掴んできた。震えてて本当、こいつ男かよ。タマねぇんじゃねぇのか。
歩いていくと、あからさまな足音がこちらに近づいてきた。びくりと震える田村に、俺の足もとまる。ナイフを懐から取り出し、構えていると目の前に、いや、上からゾンビが鼻先に突然現れた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああでたああああああああああああああああ!!」
「だからるせぇ! こんなやつ刺せば一発だぎゃ!?」
一歩下がって踏み込もうとしたが、足元ににゅるにゅるしたものが引っかかってゾンビに頭突きを食らわす形で地面にこけてしまった。地面に倒れる俺と、ゾンビ。そして尻餅をついて情けない悲鳴をあげてる田村。
だが、負けねぇ。
「っ……!」
「茶籐。か、帰ろうよ! もう、いいだろ!? おでこから血出てるし」
「諦めるわけにはいかねぇんだよ……!」
だいたい幽霊ごときに俺の楽しみ(限定甘味)を奪われてたまるか!!
血の気が引いていくが、それよりもさっからこちらに足音が近づいてきているのが気になる。同じ足音だろう。幽霊かと思ったたが、さっきのゾンビとは別の幽霊か?
俺の血で赤くなったナイフの柄をにぎりしめて、構えると暗がりから、ゆらりと黒い影が視界に認識できるほどに、近寄ってきた。
不気味に眼光を光らせながら、そいつは俺に語りかける。
「茶籐。沙弥ちゃんになにしたの?」
そして、俺はある言葉を思い出す。花鳥が、以前言っていた、なんでもない独り言を。
――生きた人間より、こわいものはないっつってたな、アイツ。今なら、ちょっとわかる。
「ねぇ茶籐。お前、調子乗りすぎてるんだよ。沙弥ちゃんをこんな場所に連れ込んで……死ぬ覚悟、できてるよね?」
平城が、にっこりと笑みを浮かべながら、何かを片手で持ち上げた。それは、さっきみてーにプランと上から垂れ下がっているゾンビの姿。
それが、野球のバットみたいに振りかぶられて、腹に強烈な打撃を食らわせられていた。そこで、俺の意識が飛んでしまったらしく、目が覚めた時には花鳥組の屋敷、さらに俺が住んでる物置のベットに寝かされていた。ベットの横に、小さな箱があって、その中には目当ての限定甘味がある。待ち望んでいたそれを口に含みながら、鈍く痛む腹をさすり、独り言が漏れてしまった。
「……男同士って、ないだろ……」
今日、一番怖かったことかもしれない。
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