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なんだか引越しと同時に、とある女の子に慕われた。最初はなんでだかわからなかったけど、暮らしていくうちに、彼女が「人に頼られる」ことに慣れていないことに気づいて、納得した。どうやら初日に荷物を運んでくれと頼んだことがきっかけらしい。
俺のことを「ご主人様」と呼んで、まるでハチ公のように慕ってくれる。頼み事をすると全力で取り組んでくれる。いろんな意味で、とっても頼り甲斐のある女の子だ。力もあるし、素直だし。
なんてことを考えながら、風呂上がりにソファーでくつろいでたら、聞き慣れた祐樹の怒声が聞こえてきた。
「おまっ……!んな格好でフラフラしてんじゃねぇよ!」
「だって、暑いし?いーじゃん、別にっ」
声がする方を見てみると、風呂上がりの祐樹と桃が言い争っていた。首にタオルをかけた祐樹と、薄いキャミソールにショートパンツ、長い髪を束ねて普段見えないうなじが大胆に出ている桃。お風呂上がりの女の子って、ただでさえ色っぽいよね。わぁ。すごいサービス。
祐樹は、風呂上がりだと言っても不自然なほど真っ赤になって、持っていたタオルを桃に投げる。桃は不貞腐れた様子で、そのタオルを手にとった。たぶん、投げられたタオルの意味を理解していない。肩にかけろって意味だと思うけど。
「じゃあ今すぐ部屋に戻れ!」
「やだよー!テレビ見ながらアイス食べるもん!」
「……っああもう!このクソ女!」
「クソ女って何よー!?意味わかんない!」
やれやれ……。言葉足らずはいつものことか。でも、ここで俺が助け舟を出したらつまらないなぁ。
「また猿山が騒いでら。私が同じ格好でフラフラしてても何も言わないくせに」
「俺が言うよ!沙弥ちゃん服きてよ!」
いつの間にか俺の隣に来てどっかりとソファーに座った沙弥ちゃんは、口にアイスをくわえている。短めの髪から水滴が滴るのを、真也くんは気が気じゃない様子で見つめている。これくらい素直になればいいのに。
「あー……そうだ、真也くん、お姉さんって今日来てた?」
「え……ねーちゃん?たぶん、来てたけど……」
「そっか、ありがとう」
ここにいないってことは、二階かな?俺は立ち上がって、階段へと向かう。
階段を登りながら、「おーい、夜美さーん、いるー?」と言ってみた。すると、真也くんたちの部屋の扉がすぐさま開く。
「ご主人様!呼んだ!?」
「うん、呼んだ。ちょっとお願いがあって」
「本当!?何でも聞くよ!」
ニコニコと俺に言う夜美さん。パタパタと揺れる尻尾の幻覚が見えそう。
「あのね、今、一階に桃と祐樹がいるから」
「桃ちゃんとヘタレ?うん!」
「祐樹の背中を、後ろから思い切り押してきてくれない?」
「……それだけ?他に何かする?」
「それだけでいいよ。俺は部屋に戻ってるから、任務終えたら報告頂戴?」
「わかった!行ってきます!」
そう言うと夜美さんは、パタパタと下の階にむかったのだった。
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