マンション化計画 | ナノ


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二月十四日───逆バレンタイン、当日。
いつもとは違う空気が、マンション内に漂っていた。


「みんな!あたしのためにチョコ用意してくれた?」


目を輝かせてお供三人に尋ねる桃。


「もちろん」


そう言いながら、一真は綺麗にラッピングされたチョコレートを差し出した。純平も同様に、市販のチョコを桃に手渡す。祐樹はしばらく目を泳がせていたが、そのうち諦めたように持っていた箱を投げ渡した。


「……えー!?ポッキーって!祐樹ぃ!」
「るせー!チョコはチョコだろ!」
「心がこもってないー!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す二人をよそに、一真は、すっとその場を離れた。それに気づいた純平は不思議に思ったが、一真はすぐに戻ってきた。


「……戌井先輩、どこに行ってたんですか
?」
「あぁ、唯ちゃんにチョコを渡しに」
「鷹野さんに……?どうして?」
「今に分かるよ」


にこりと笑った一真の言葉を、まだ理解していない純平は、不思議そうに首を傾げた。すると一真は、キッチンにいる二人の人影を、そっと指差した。


* * *


「よっし、完成」


小虎は満足げに、出来たばかりのガトーショコラを見下ろした。それは、少し小ぶりの一人分のサイズ。チラリ、と横にいる千百合の様子を伺う。千百合は無表情だが少し目を輝かせて、穴が空くほどそのガトーショコラを見つめていた。そんなに見るな、照れる、と言いたくなる。言わないが。


「……ていうか、こういうのって、作る工程見てたら意味ないんじゃないのか」
「いいの」


千百合は、くるりと顔をこちらに向け、ほんの少しだけ笑った。


「私のために頑張ってくれてる山月くんが見れたから。嬉しい。満足」


そんなことを言われるとは思わなかった。不意をつかれて、顔に熱が集まる。こんなことなら、逆バレンタインも悪くないかもしれないな、なんて、ほんの少しだけ思う。


「……あ、と。ろくにラッピングとか出来てないけど……」
「いいの。ふふ、山月くんのチョコげっちゅー」


皿を持ち上げて、声を弾ませる。くそ、かわいい。ここがキッチンじゃなかったら、なんてことを考えかけて、慌てて思考をやめた。

その時───。


「こーとーらーくん?」


二人だけの空間をぶち壊しに来たのは、唯の黒い声だった。はっとして顔を上げると、千百合の後ろでニタリ、と唯が笑う。


「私の分はぁ?」
「えっ?は!?何を言って、」
「バレンタインには義理チョコっていうのあるの分かる?それとも何?私に義理を一ミリも感じてないわけ?」
「無茶苦茶だろ!」
「へー、ふーん、そうなんだ……あんたは私にくれないんだ……?じゃあ……」


チラリ、と唯の目線が千百合の持ってる皿に向かった。しまった、まずい、と思った時には、体が動いていた。千百合と唯の間に割ってはいるようにし、身を呈して唯の肩を掴む。


「高坂ぁぁ!それ持って今すぐ逃げろぉぉぉ!!」
「そのチョコを寄越せぇぇぇ!」
「うわぁぁぁ!!わかった!!今から作るから暴れるなグフッ!頼む落ち着っ───ぎゃああ!」


千百合が逃げ切ったのを確認すると、小虎はフライパン片手に応戦(というか防御)を始めたのだった。



* * *


「俺たち三人からってことにしといたから。感謝してよね」
「……ありがとうございました」
「それを見越してか……素晴らしいなお前」


祐樹と桃も口論をやめ、その戦いを唖然として眺めていたのだが、その時、玄関が開いて誰かがやってきた。


「失礼する!」


高らかに声を響かせてやってきたのは、豊木高校生徒会長鬼村───そう、うらちゃんである。彼がこのマンションに足を踏み入れるや否や、唯が投げた包丁が彼の数センチ横の壁に突き刺さった。


「ひぃぃぃい!?」
「おー、カイチョー。いいとこにおいでなすった」


唯はにこやかに彼に近づいて行き、刺さった包丁を引き抜いた。そのまま、その包丁を片手に舌なめずりをする。


「なら、わかってるよな?チョコを寄越せ」
「は……はい!?何のことです!?僕は、今日いきなり戌井に呼び出されて……」


わけがわからない。何故自分はいきなり包丁片手にチョコを要求されている!?
混乱し切った頭に、遠くで一真の声がする。


「あ、うらちゃんには事情を話さず呼び出しました」
「それも見越してか……」
「楽しいショータイムの始まりじゃない?」
「戌井ぃぃい!貴様の仕業かぁぁあ!」


鬼!悪魔!魔王!いや、そんなことを考えている場合じゃない。今はこの目の前の般若……第二の魔王をどうにかしなければ。


「さーぁ、カイチョー?キル オア チョコレート!チョコをくれなきゃぶっころだぞ★」
「ひぃぃ!なんて悪質なバレンタインハロウィン!」
「鬼村!耐えろ!耐え切れ!俺が今、鷹野にチョコを作り終わるまでぇ!」
「無茶を言うなぁあああ!!」


悲鳴と怒声とが入り混じる。その中で、とうとう耐えきれず吹き出した一真の笑い声が、高らかに響いたのだった。

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