マンション化計画 | ナノ


嵐のような入れ替わり事件

 何時もより、体が重い。
 どうやら、リビングで眠っていたらしい。たしか、部屋で寝ていたはずなんだけどな……、まぁいいや。
 重い腰を起こしてみると何だか足より腕に筋肉がついたような感覚がした。首をかしげるも、時間は朝の六時くらいをさしていて、走るにはおそいけどまぁまぁの時間帯だ。


「……お腹空いた」


 何か冷蔵庫から取り出して、食べようかなと台所に向かったら、このマンションで見慣れたリボンの女の子がこちらに顔をむけてとてとてと駆け寄ってくる。その様子が愛くるしくて思わず笑みを浮かべていたら、そのリボンの女の子――高坂は首を傾げる。


「どうしたの……?」
「いやぁ、今日も高坂は可愛いなって思って」
「…………!? え、え、え?」
「ああもう、そんなことしてると押し倒したくなんだろ!」
「や、やっ、やっ、ややっ」


 表情は一切変わらないものの、カタカタとロボットみたいに動く高坂は、きっと動揺しているんだろうなと頬が緩んでしまう。小虎が相手なら、もっと可愛い反応してくれるんだろうな。


「今日も一日、頑張れよ」


 ぽんぽんと頭を撫でたら、すごいじーっとみられて、撫でられた部分に手を当てながら高坂は上目遣いで訊ねる。


「あなたは、だれですか?」
「え。もー忘れたのかよ。ひどいなぁ。私はたむ」
「まてぇえええええ!!」


 私と高坂の間にすごい慌てて割り込んできたのは、このマンションにたまにくる執事だった。
 何で、こいつがここにいるんだ。どうも私はこいつが嫌いらしい。今まで、人を嫌いになったことはないと思うんだけど、この故意で人を傷つける行為は私には理解できないししたくない。
 私は執事を思い切り睨みつけて高坂の腕を引いて抱きしめて吐き捨ててやった。


「高坂と俺の仲邪魔すんじゃねーよ」
「やめてええええ!! もう勘弁してください!! だれかわかんないけど! 俺の格好でそんな恥ずかしいこと言わないでぇええ!」
「俺の格好?」


 目の前の執事の様子がなんかおかしい。なんていうか。いつもなら人を小馬鹿にしたような感じも、エセ紳士風にも振舞っているのに、目の前の男には品性もプライドもなかった。それこそ、土下座でもするんじゃないかなってくらい。
 執事は顔を上げて、鏡をとりだして私にむけた。そこに映ったのは、予想していた顔ではなく、金髪に染め上げられた男の顔だった。


「……あれまー」
「頼む! トウマさんじゃないよな!? だとしても本当高坂で遊ぶのはやめてくれ! それなら、俺が身代わりに……!!」
「待って、小虎。私だ。田村」
「おまえだったのかー…」
「え、わかってたの?」
「いや、高坂意識朦朧としてる……」


 真っ赤になってほとんど意識がない高坂をどうしようかと小虎と相談して、落ち着くまで自室に待機してくれと頼んだ。トウマの顔はさっきの思い出したから真っ赤で、ぶっちゃけ気持ち悪いしおぞましい。


「よくわからないけど、入れ替わってるみたいだね」
「ああ……だけど、一部だと思う。高坂も無事だったし……」
「とりあえず、私の体に誰が入っているか確認しよう。私の体でへんなことされたくないし。たとえば、平城に」
「やめててええええええ沙弥ちゃんの体でやめてえええええええ!!」
「折角女の子なんだからお洒落しないと勿体無いよ!!」
「沙弥ちゃんはお化粧なんてしなくても十分だからやめてぇえええええ!!」
『…………』


 どうやら、手遅れだったみたいだ。
 自分の住んでいる部屋の扉を開いたら、早乙女が私に泣きついてた。で。私はすごい長いまつげにマスカラ、ぷるっとした唇とまぁ、可愛いっちゃあ可愛いんだけど、私の性格とかけ離れた今時の女子高生って感じになっていた。


「ちょっと、平城。僕の体で泣かないでくれる? うざったい」
「ぎゃははっは!! やばっ!! しゃ、しゃめっ……!! しぬ! ははっはははあはは!!」
「下品に笑うな。オカマやろう」
「……由季の体で、その顔はやめてもらえないか」
「ど、どうしよう、月……」
「……大丈夫だ。由季。私がいる」


 腕を組んで凛とした様子で現れたのは、普段なら縮こまって、おばあちゃんとの対話でほのぼのしそうな雰囲気を醸し出しそうな白井さんだった。だけど、今は、なんというか……雰囲気がトゲトゲしていて近寄りがたい。というより、言葉から推測するに早乙女だろう。あと、金髪の超美少女が本当に美少女になっていた。普段からたぶん中身の白井さんみたいに落ち着いていたらいいのに、本当にもったいない。で、きっと早乙女が平城で、私の中には……。桃ちゃんかな。化粧と女子高生あわせたら桃ちゃん以外考えられないし。


「あ、さ、沙弥ちゃあああああん!!」
「ぶふぉ!! ま、マイダーリンもってもて! くくくっ! はっ、ハルキンにももてられっ、いい、なぎゃっはははっははは!!」
「……殺そう」
「こっ……!?」
「だから、由季の体で勝手なことはしないで頂きたい」


 私に抱きつく早乙女(in平城)に、スズちゃんが大爆笑していて、それを親の仇といわんばかりに睨みつけ、つかゴミをみるような目で見下す白井さん(in早乙女)に月さんや市ノ瀬(in白井さん)。
 もう、収集がつかなくなってきている。
 この動物園、じゃなくてアマゾンの死闘並にあれている状況下で窓から人が侵入してきた。


「通りますよー」
「えっ、ちょ」


 ひらひらと短いスカートから覗くパンツなんて気にもせずに私たちを通り過ぎて逃げていったのは桃さんだった。桃さんのパンツに注意したトウマ(in小虎)以外はあれは誰が中身なのかと首をかしげた直後、マンションの壁に凄まじい破壊音とともに穴が空いた。


「……あの、くそ男は、どこかなぁああああ?」


 首を大きく右に傾けるメガネの少年の目は完全に据わっていて、まさしく鬼だった。
 きちんと着ているブレザーもところどろこボロボロになっていて、地面に吐き捨てた唾には血がにじんでいる。片手に握っていた木刀を握り締めてゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「うらちゃん!? え!? どうしたの!? イメチェン!?」
「……私は、夜美だよ?」


 こてんと首をかしげたものの、直ぐに殺人鬼の目になった鬼村は廊下へとあるいて、桃ちゃんの走っていった先へと向かっていく。


「……ここに高坂がいたら、鬼の逆襲とか真顔で言いそうだな……」
「な、なぁ。あの桃さんの中身って、まさかだけど……」


 しんと静まる部屋は、穴があいているからか、寒い風が通り過ぎたみたいだ。
 って、そんな場合ではない。
 小虎、私が先に駆け出すと同時にふたりの後についていった。だって、何が起こるかわかんないよ!? あの毒舌執事と夜美さん相性最悪なんだよ!? 最悪このマンション潰れる!!


「すっごおおい!! 速く走れるよ!!」
「くそっ!! 小虎お前もっと走れよ!!」
「無茶言うなよ!! お前毎朝一時間は走ってるじゃねーか!」
「沙弥ちゃんの体で無茶しないでぇえええ!!」「だから僕の体でなくなって言ってるでしょ!?」
「け、喧嘩はやめよ……?」
「ぎゃはっははは!! やばい金髪がすごいまとっ、僕しぬもうしぬぅうう!」


 このカオスな軍隊を私(in桃ちゃん)を先頭に一階のリビングへ向かうと、もうそこは戦場だった。桃ちゃんとは思えないゲス顔で、鬼村の木刀を避けながら、どこから取り出したのかわからないナイフを鬼村に投げた。鬼村はソファーを足で上に思いっきり蹴り上げ、ソファーに突き刺さっていくナイフにそのままソファーを横蹴りして桃ちゃんを下敷きにしようとするけど、桃ちゃんは余裕そうにかわした。
 そのまま桃ちゃんのとなりに倒れるソファーに、二人の激戦が一時均衡を迎える。


「ははっ。夜美ったら、その体じゃ全然本気だせないみたいだね。結構息あがってるよ?」
「はっ……るさい……! ころす……ぜったいっ……」
「ん……? おやおや。そんな低落で僕を殺す? どの口がそういえたのですかねぇ。あれほど人間になりたかった化物が。やっぱり、人間に適応できないのでしょう」
「だ! ま! れ!!」
「くすくす。そんなに黙らせたいなら、口を塞げばいいじゃないですか。以前みたいに」
「!? あ、あれは、お前が……!!」


 急に真っ赤になった鬼村は、なんというかツンデレっぽくて、得意げに笑みを浮かべる桃ちゃんは妖艶だった。


「夜美さん、お座り」
「!!」


 すぐさま片足を付く鬼村に、その背後にニコニコと笑みを浮かべて頭を撫でたのは、魔王……じゃなくて、戌井だった。


「よく聞きなよ。夜美さんは桃の体を無傷で捕獲する。わかった? 無傷だよ」
「はい! ご主人様!」
「ご主人とか気持ちわるいんですけど。本当ドM過ぎて見ていて可哀想になります本当ぷふっ」
「夜美さん、あと照れたらダメだよ。平常心で捕獲すること。じゃないと、桃に惚れたうらちゃんみたいで嫌だしね」
「わかりました。だとよだからおとなしく捕まりやがれげすやろぁああああああ!!」
「やーだねっ。あの猿からかうまではこのままでいるよ」
「あ、それは面白そう。夜美さん、しばらく様子見」
「はいご主人様!!」
「待てぇぇえええ!! 僕の体でそんなことしないで頂きたい!!」


 一同、ありえないコンビにドン引きしていたら、戌井を指さしたアルベルトさんがいた。肩で息をしていて、なんか、表情が、こわい。


「あーれ、もしかしてうらちゃん? アルベルトさんと入れ替わったんだー」
「ご主人様に歯向かうのか? 殺すぞ?」
「ひぃっ!!」


 普段より暴力的な鬼村に、それにびびるアルさんは見れられない。が、桃ちゃん(inトウマ?)が腹に思いっきりパンチをくらわせて気絶させていた。


「アル坊ちゃんの顔でそんなめそめそした顔しないで頂きたい」
「……おい、俺の体だぞ」
「あ! 俺の体!! って、何食べてるんですか」
「食べても食べてもお腹がいっぱいになるのも便利だと思ってな」


 何時もよりかっこよくて、落ち着いているのに片手のホールケーキのせいですべて台無しになっている平城。中身は間違いなくアルさんだろう。
 リビングにそろった奴らを総合して、整理するとトウマさんが桃ちゃん、桃ちゃんが私、私が小虎、小虎がトウマさん。
 夜美さんが鬼村、鬼村がアルさん、アルさんが平城、平城が早乙女、早乙女が白井さん、白井さんが市ノ瀬。


「じゃあ、市ノ瀬が夜美さんの中に入ってるのかな?」


 桃ちゃん(inトウマ)が「それはそれは変態に乗っ取られるなんてついてないですね」と鬼村(in夜美さん)を馬鹿にしたと同時にお風呂場から凄まじい爆音が鳴り響いた。それは鬼村(in夜美さん)が壁を破壊した以上の衝撃で、一同が唖然とそちらに顔を向けてしまう。
 もくもくとまたたく煙から姿を現したのは薄着の鷹野と、般若の顔をして、ロケットランチャーを担いでいる夜美さんの姿だった。


「いーちーのーせーちゃーん? なぁにしてるのかなー?」
「折角唯ちゃんになったんだもん! 脱いで全部しりたいあわよくば」
「しねぇええええええ!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「やっ……鷹野!! お前自分の体がどうなってもいいのかよ!?」


 ぎょろりとした金色の目が、トウマ(in小虎)に向けられた。そのまま、悪魔の笑い声をもらして、夜美さん(in鷹野)は宣言する。


「この体でいたらよくない?」
「私そんな顔しないよ!?」


 鬼村らしい半べそ状態の表情。だけど、実際私たちは危機感を持っていた。だって、鷹野に夜美さんの力ってもう最悪だよ。本当。マンションが恐怖政治でも行われるんじゃないかな。で、リア充は徹底的に潰される。最初の生贄は白井さんと月さんなのは絶対だろう。
 冷や汗が背筋に伝った時、またお座りと奇妙な命令が部屋に鳴り響いた。夜美さん(in鷹野)と鬼村(in夜美さん)がすかさず片足をつく。その声主に体を向けたら、呆れたように肩をすくめる風来先生がいた。


「夜美、何をしているのですか? 約束を忘れましたか?」
「ちょっ、私は夜美じゃな」
「言い訳はあとでしなさい。ああ、夜美でないとしても、この状況を生み出したのは貴女ですね? なら、人様に気をつかうこと、暴力を振るわないことは世間一般の常識で知っていますね」
「だかいたたた!!」
「……? すみません。いつもどおりに引っ張っただけですが……まぁ、とにかくお話があります」
「うるさいだまれ堅物教師ぃいいいいい!!」
「唯ちゃんになにするんだこの○○○!!」
「貴女も一緒にお説教です」
「唯ちゃんと一緒なら!」
「しねぇえええええ!!」


 連行された魔王に、魔王の体をした変態。静かになったマンションに原因らしい竹松があらわれて、竹松がどうなったかというのは……ちょっと、生臭い話が苦手な方には教えられない結果になった。
 こうして、嵐のように入れ替わり事件がすぎたみたいなんだけど。


「うらちゃん、お座り」
「うわっ!?」


 ……しばらく、夜美さんの癖が身に付いた鬼村が苦労したのは別の話。




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