ナイモノネダラナイ
「困りました。私はあの白巫女さえマンションに連れ込めたらそれでよかったのです。百歩譲歩し、予想の範囲内だったヴァンパイア、……赤城月は考慮しましょう。しかし、何故あの黒衣澪がいるのか。アイツは北斗よりも生理的に受け付けません。というわけで、アイツを消してください」
「何で私なんだよ」
「シバに頭を下げるなんて死んでもお断りです」
「……私ならいいの?」
「貴女の場合は命令しているだけですから」
「お前から消すぞ。てか、私はそもそもシバと同じじゃない」
「なら、さっさと同じになりなさい。人間でも化物でもない怪物など、面倒なだけです」
阿弥央に呼び出されて、真也達の部屋の押し入れの、隠し戸の奥に阿弥央の部屋があった。というよりは、次元が歪んでるかどうかで今郷町の神社に繋がっているらしい。
新築のような木造建築の神社は外からみたら想像出来ないほど整えられている。だけど、阿弥央は掃除ができないみたいで本を読んではその辺に置いたりどんどん部屋を荒らしていく。
「ちょっと。片付け大変になるよ」
「別にいいです。それより、とりあえず黒衣澪の偵察に行ってください」
「はぁっ!? 何っ」
「除霊みたいなことしてますから、あのマンションのカイン・ヴェンチェンツォ、オズベルト・ヴェンチェンツォ、そして青空友子が最悪消されますよ」
阿弥央は、どうでもよさそうにそう呟いた。その時、脳裏に浮かび上がった三人の姿。
カインさんは、お兄さんみたいで優しい。友ちゃんは一緒に遊んでくれるいい子だ。
オズは、オズは……。
「……わかったよ。いきゃあいいんでしょ」
「話が早くて助かります」
黒衣澪って誰かわからない。でも、勘でわかるだろうとワープホールに身を任せようとしたら、最後に阿弥央が私に顔を向けずに忠告した。
「マンションは壊さないでくださいよ」
……相当、ストレスがたまってるみたいだ。
▽△
マンションに帰ってきてから、私は一階へと向かった。誰か黒衣澪を知ってるかもしれない。なら、情報収集も必要になるだろう。
共同スペースにたどり着いた私が目にしたのは、フワフワとした茶髪の男の子だった。
「あ、ご主人様だ」
「ふふ。冗談だって言ったのに」
「でも、この呼び方の方が嬉しいんですよね?」
「うーん。夜美も面白いけど、周りの反応がね。あと優秀なセ〇ムがいてくれると俺も安心するんだよ」
戌井一真。このマンションに引っ越してきた時に私に段ボールを運んでくれないかと頼んできた変人だ。人に頼られたことがなかったから、けっこう嬉しくて一生懸命手伝ったらありがとうって頭を撫でられた。それが嬉しくて、何となくいろいろと手伝って今に至る。
「そっか、よかった。あれ、桃ちゃん達は?」
「桃は買い物。祐樹がついていってるよ。純平は部屋で寝てるかな」
「……ご主人様は一緒に行かなかったの?」
ご主人様は、少しだけ目を細めて遠くを見つめるように、私を見ずに呟く。
「これでいいんだよ」
「……ご主人様がいいなら、いいや。あ、そうだ。ご主人様はクロエレイって知ってる?」
「クロエレイ? あー。そういや、春樹が言ってたね。また面倒な奴が来たって。俺としては歓迎なんだけど」
クスクスと笑うご主人様。面倒なやつなのに、歓迎なんだ。やっぱりご主人様は変わっているなぁ。
ご主人様はこちらに顔をむけて、残念そうに苦笑を浮かべた。
「残念だけど、俺はその人のこと知らないよ。なんなら、春樹に」
「僕のこと、呼んだ?」
「え」
殺気もなく、敵意もなく、ソイツは私の後ろに立っていた。
鼻がきくからか、私は男か女かくらいは直ぐに分かる。でも、ソイツは男か女かって話じゃない。まず、人間らしい臭いがそんなにしない。
男の臭いもするのに、見てくれは綺麗な女の人だった。黒くて艶やかな髪は長く伸ばされていて、澄んだ赤い瞳が私たちの顔を映し出していた。
ニコニコと、こちらを見ている男。なんか、私の奥底まで見透かされてるみたいで寒気がした。
「……へぇー。これはまた……桃が喜びそうだな」
ご主人様は、そう感心していた。だけど、私は服の中に仕込ませてた日本刀を取り出して黒衣澪の首筋にあてがう。黒衣澪から感じられる威圧や、ただならない雰囲気で、これくらいならよけられると思ったのに、私が首をはねないとしっていた様に、にこにこと笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。
ご主人様は、少し目を丸くさせて、私をなだめようとした。
「オズは、私が殺す。お前は、手を出すな」
だけど、この男なら、オズを消せそうな気がした。
ただ、邪魔だからという理由であっさりと、殺してしまいそうだった。
それなら、私だってしたことある。だけど、対象があの忌々しい男だから、うざいから私が殺さなきゃならない。そのはずなんだ。
「ねぇ。何で殺さないの?」
「……?」
「君なら、オズベルト・ヴェンチェンツォを直ぐにでも殺せると思うんだけど」
峰打ちではなく、刃を首すれすれに近づけているにも関わらず、黒衣澪は余裕そうに私にそう告げた。
その言葉に、それはアイツが私より頭が回るからと、そう口にしようとした。
「君の力はそんな知略ごときで抑えられるものじゃないでしょ?」
私の考えていることを、先読みしているかのように黒衣澪は続けた。
楽しそうに、刃に手を当てどけながら、私の顔を覗き込むように、なだめるように、責める様に質問攻めしていく。
「本当は、殺したくないんじゃないの?」
「……ちがう」
「じゃあ、何で殺せないのかな? 力は有り余るほどあるのに。衝動も、抑えられないくらい湧き上がるのに、何で殺せないのかな?」
「……う、あ……」
答えられない恐怖はなかなかのもので、喉の奥がしょっぱくなってきた。黒衣澪はそこらで私から一歩離れ、飄々とした動きでこちらに笑みを向ける。
「なーんて。君が由季を巻き込まない限り、このまんしょんの住人には手をださないから安心してよ。あ、戌井くんも、親友の幸せを優先させるのはとてもいいことだと思うけど、その衝動を変なところで発散させちゃダメだよ。えーと、うらちゃん? いじめとか。由季が心配するだろうしね」
「!?」
ご主人様も、この黒衣澪とは初対面のはずだ。それなのに、鬼村のあだ名まで言い当てて、そのまま二階へと戻ってしまった。
ご主人様は、少し冷や汗をかいているけど、ちょっと笑みを浮かべていて楽しそうだった。
でも、私は黒衣澪が怖かった。
私の、自分でも気づかないようなところまで気づかれたみたいだった。
なんでなのか。私がそれに気づくなって言っていることには感づいていた。その内容がわからないけど、自分の気持ちに目を向けようとしないのは間違いない。
それを、黒衣澪は知っている。
そう確信しただけで、私は黒衣澪が恐ろしいバケモノのように思えた。
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