マンション化計画 | ナノ


3


「何、二人の女がイケメン一人奪い合うような展開でもしてんの? 昼ドラ? 美少女に巨乳の両手に花状態とか男的に美味しい展開で羨ましい限りですねーあはははは。くたばれリア充共」

だめだ完全に誤解を生んでる……!
にも関わらず、目の前の美少女なお姉さんは相変わらずのにこにこ顔で赤城を振り返った。

「だって。良かったね、月。両手に花だよ」

「悍(おぞ)まし過ぎて想像したくも無い……というよりもお前はまず先に性別の誤解を解け」

「ふふ……別に解かなくても僕には問題ないんだけどね」

そっけない赤城の反応も気にすることなく、お姉さんは浮かべた笑顔はそのままに、くるりと鷹野さんに向き直る。

「初めまして。僕は黒衣澪(クロエレイ)、これでも一応男だよ」

「……え、」

マジか。その美人度で男なのか。並の女子より遥かに美人とか最近の男子ってどうなってんだ。いやまぁ確かに胸はな…………悲しくなるからそれは気付かなかったことにして。
昨今の男女事情に関して疑問を抱く私の耳に、バリン、なんて不穏な音が飛び込んできた。

「……ふっ」

絶対零度の笑い声が聞こえてきて、恐る恐るそっちの方向に目を向ける。
つられるようにしてこっそりと顔を出した市ノ瀬と一緒に確認すれば、案の定というか何というか、廊下の窓が鷹野さんの手で突き破られていたわけで。

「じゃあ何か? 美少女にしか見えない美少年とイケメンくんに挟まれて三人仲良くいちゃいちゃして正に青春謳歌中って? いやあ流石リア充は素敵な日々をお過ごしだよねー…………絶滅させてやる」

凄まじい勢いの勘違いだけど、今その誤解を解く程の余裕はない。少なくとも私にはない!

その上、当の白井さんはそれに加えて鷹野さんの行動に注目がいってるみたいだ。
いや、違うな、どうやら心配してるらしかった。この状況にも関わらず。

「あの、手、手が、手が窓で、けがを……!」

「心配しなくとも僕の唯ちゃんは窓付き破ったくらいで手を怪我したりはしないよ!」

「誰が僕のだこの変態があああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ちょっとその窓投げ込まないでえええええぇぇぇぇ!!」

市ノ瀬の問題発言で、引っこ抜かれた窓が駆け抜けてきた鷹野さんの手で207号室へと思いっきり投げ込まれた。
幸い素早く逃げた市ノ瀬をピンポイントに狙った窓が私達にぶつかることはなかったけど、その代わりに部屋が無残過ぎる状態に変わる。

ああ……後で片付けが大変だな、これ。ガラス片とかね、集めるのがまず一苦労だよね。昨日新聞はまとめてゴミに出しちゃったんだけどどうするかな。
現実逃避? うん、知ってる。

思わず遠い目をしたくなる私とは反対に、早乙女は酷く冷めた目で近くに転がってる市ノ瀬を見下ろしていて。

「だから君はさっさとこの部屋から出てけってさっきから言ってるよね。僕の話聞いてた?」

「冷酷! 無慈悲! 死ねってこと!? 一人で殺られてこいってこと!?」

「これ以上僕の仕事を増やすなってことだよ何だよこの七面倒くさいゴミの数は」

確かにそれはそうだ。そうなんだけど……この状況でそれを本気で言うって凄いな早乙女、流石毒舌魔人。

今更のことに感心しつつ、背中で壁にくっつきながらずりずりと横に移動する。
そうしてようやく廊下に目をやれば、余裕の態度でそこに佇んでる……黒衣さん、かな。私よりちょっと年上に見えるけど……が、相変わらずの綺麗な笑顔で三人の様子を眺めてた。

ちなみに赤城は白井さんを下す下ろさないで、早速彼女を弄ってる。何でそんな余裕なのか今度小一時間問い詰めることを決意しつつ、私は若干私よりも背の高い黒衣さんを見上げた。

「あの、もしあればなんですけど、どうにか鷹野さんを鎮める術とか持ってたりは……」

「ん? ……ふふ、うん。あるにはあるけど、」

あっさりと頷いた黒衣さんは、にっこり、やっぱり綺麗な笑顔を浮かべて。


「君達の部屋だし、由季が無事なら僕は別に良いかなって」


清々しいまでに何の悪びれもなく言い放たれた。
予想外のその返答に理解が追い付かなかった私は、すぐには言葉が返せない。
え、これどこからツッコめば良いんだ。見た目が人畜無害そうなだけに余計に分からないんだけど。

「でも、そうだね」

それでも、黒衣さんは楽しげな雰囲気はそのままに、少しだけ考えるように視線を上方へと向ける。

「この前のクリスマスにもテレビを投げたり……ベットで壁を突き破ったりしたんだよね。じゃあ、やっぱり止めた方が由季の為にも無難かな」

「何でそれ……」

クリスマスイブのあの日、この人は確実にいなかったはずだ、と。
驚きに目を瞠る私に対して、にこりと黒衣さんは微笑んだ。

聞いてもきっと教えてはくれないだろうと、そう確信できるような、掴み所のない顔で。

「ふふ……何でだろうね?」

完璧過ぎる綺麗な笑顔からは、微塵も考えが読み取れない。

ああもう、これは考えるだけムダな流れだ。
早々に諦めた私は、気を取り直して黒衣さんの手元に目を落とす。

忘れてたけど、そういえばこの人は物騒なものを持っているんだった。
至極当然のように握られてる三本のナイフに、自然と表情も硬くなる。

「……一つ聞くと、そのナイフは使います?」

暗に流血沙汰は遠慮したいとの思いを込めて言えば、黒衣さんは楽しげにそのナイフを持ち上げて私に見せた。
その奥に見える笑顔とは不釣り合いなはずなのに、酷く自然な組み合わせのようにも感じる。

私と視線が絡み合った黒衣さんは、その沈んだ赤い目を柔らかく細めた。

「見たい?」

「だ……だめですよ!」

反対したのは私じゃない、黒衣さんの腕を引っ張ってそう主張したのは、切実な顔をした白井さんだ。
彼女は酷く焦りながら、それでもどこか強い目で黒衣さんを見つめた。

「だって、澪さんなら、他にもっと、きっと安全な方法が……!」

「ふふ……冗談だよ。由季がそう言うだろうからしないさ」

さっきまでの調子とは打って変わってすんなりとそう返す辺り、さっきの鷹野さんの想像もあながち間違ってないんじゃないか……なんて考えが浮かんだけど。

臆することなく歩き始めた黒衣さんに、その先へと私も視線を移動する。
部屋の奥にいる鷹野さんは、鞄から取り出したんだろう、何だかよく分からない物体Xを市ノ瀬に向かって差し出していた。

市ノ瀬の顔が思いっきり青ざめてる辺り、あれが今日の鷹野さんが作った料理なんだろう。
言っちゃ悪いが……何だ、ちょっと食べ物には見えない。

それは市ノ瀬も同じなんだろう、引き攣った顔で鷹野さんを見上げてる。

「ちょっと唯ちゃん落ち着こう? ほら、いつも言ってるじゃないか。唯ちゃんは本当にそこにいてくれるだけで有難いっていうか、むしろ僕が料理して唯ちゃんに食べて貰いたい派っていうか? だから別に僕は唯ちゃんの料理が下手だとかそんなことを言ってるわけじゃなくて、」

「へえ、じゃあ私も料理を人に食べて欲しい派だからこのケーキ食べてくれるよね?」

ずいっと差し出す鷹野さんと、それから必死で逃げる市ノ瀬。
二人のやり取りを見ていた早乙女は、興味も薄く溜め息を吐いた。

「良いからさっさとそれ食べて二人で帰りなよ。市ノ瀬が生きててもそうじゃなくても」

「投げやりすぎる上にさらっと僕が生存してない可能性を口にしたよね!? 僕は不死身じゃないんだけど!」

「知ってるからそうじゃなくてもって言ったんだよ」

「投げやり過ぎるよ!」


「ねえ、」


平然と声をかけた黒衣さんに、裸足で逃げ出したくなる程不機嫌度MAXの顔で鷹野さんが振り返る。
けれども、その顔に向けて黒衣さんが手を翳すこと約三秒。
唐突に、鷹野さんは糸が切れた人形のようにその場へと崩れ落ちた。

ぽかんとした表情でそれを見つめる市ノ瀬の傍ら、早乙女はじっとその様子を眺めた後、怪訝な顔を黒衣さんに向ける。

「……どうしたわけ?」

「ちょっと記憶を刻まれる前に脳の状態を戻しただけだよ。起きたらそこだけ忘れてる」

凄く印象深いことだったみたいだから、ちょっと気絶しちゃったけどね。と、何でもないことのように笑顔で説明する黒衣さんに、理解が若干追い付かない。
……っていうのは私達207号室の三人だけみたいで、いち早く状況を把握した市ノ瀬は瞳をきらきらと輝かせた。

「じゃ、唯ちゃんが寝てる隙……じゃなくて気絶してる間は、僕が部屋で精一杯看病してるね!」

「そうだね。そう時間もかからないと思うけど、宜しく」

その細腕のどこにそんな力があるのか分からないけど、多分愛情の為せる業なんだろう、鷹野さんを抱えた市ノ瀬は、最後まで笑顔の黒衣さんに見送られて意気揚々とこの部屋を出て行く。
市ノ瀬、凄い美人なのに言動が変態がかってるのだけは残念だよな……

……っていうか。

「あれ、また騒ぎが起きるのも時間の問題だと思うんだけど……」

「別に良いよ、こっちに面倒事さえ来なければ」

「それより田村さん、デートどこ行く!?」

「うん、切り替え速すぎるからちょっと待とうか」

既にプランをあれこれ考えてるらしい真也はさておき、今この場にいる新メンバー三人組を順番に見る。

「大丈夫か? 由季」

「あ、はは……うん、何とか……」

どうやら安堵し過ぎて力が抜けてる白井さんは、多分普通の女の子。
それに対して、自分は微塵も動揺した様子もなく白井さんの心配だけをしてる赤城は、何かしら特殊な人間なのかもしれない。けどまあ、常識はあると思う。

だけど。

「日本刀も消さないとね……置いておくときっと後で危ないし」

至極マイペースに言いながら、廊下の日本刀へと歩み寄り……触った瞬間、掻き消えるようにしてそれを消した、残りの一人。
黒衣澪って人だけは、どうにも危ない感じがする。

「……さっきから思ってたんですけど、皆さん何者なんですか?」

「僕達?」

皆さんとは言ったけど、本当に知りたいのは一人だけだ。
そしてその一人である黒衣さんは、私の問に振り返ると、にこりと笑う。

綺麗なそれは、考えを全く読ませない。

「由季と月はごく普通の高校生。僕は除霊みたいなことを仕事にしてる、ごく普通の一般人だよ」

それはもう、普通じゃないと言ってるようなものだ。
どこにどこからともなく刃物を出したり、記憶を消したり、物を消失させる普通の人間がいるんだ、と。

言いたいけれど、言わせない。
言動や様子からは離れたところで、威圧感のようなものがあった。

「でもどうやら、ここは特殊な存在が集まってるみたいだからね。由季と……月も含めて、一応僕は二人の保護者なつもりだし、色々頑張らないと」


そう独り言のように普通の声量で言ってのけ、じっと私に目を向ける。
そして、にっこり。


「君達も、何かするなら、そのつもりでね」


人畜無害そうな表情と、相反するそのセリフ。
笑顔でのプレッシャーがハンパないと感じるのは、多分、私だけじゃないはずだ。

「……なんてね。じゃあ改めてご挨拶」

冗談とでも言いたげなその態度は、牽制してるのか、単に面白がってるのか。
それはまだ、今までの様子だけじゃ判断できない。

けれどもまあ、それでも分かったことはある。


「これからどうぞ宜しくね。早乙女春樹くん、平城真也くん、田村沙弥ちゃん」


──やっぱりこのマンションには、一筋縄でいく人間は入ってこないってこと。
名乗った覚えのない私達の名前を呼ぶ彼に、私は改めて実感した。


ちなみに、市ノ瀬が目覚めた鷹野さんに変態発言をしてベッドを投げつけられたのは、また別の話だ。




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