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「私達は全員、こういった特殊な環境で暮らした経験が無いからな……今後色々と教えて貰えれば有難い。迷惑をかける事もあるかもしれないが、宜しく頼む」
「こちらこそ」
頷きながら、内心その卒のない言動に思わず少しだけ感心した。
ただ、完璧な笑顔は確かに綺麗だけど、だからこそ大人の余裕が有り過ぎて逆に読めないというか、何というかだ。どこか冷たい印象、っていうか。
一つ区切りがついたところで、赤城は隣にいる白井さんを見下ろすと、ふ、とその顔に優しい微笑を浮かべた。
それはもう、ああ、さっきまでのは作り笑いだったのか、なんてはっきりと分かる程別物で。
「因みに私の好きな食べ物や良く食べる物は由季と同じだ」
……うん?
いや待て、少し変なことを言ってる気がする。
好きな食べ物が同じっていうのはともかく、良く食べる物が一緒って……つまりはそういうこと、なのか?
私の辿り着いた結論と同じことに気付いたのか、はっとした様子の白井さんが慌てて隣の赤城を見上げた。
「ちょ、ちょっと月……!」
「今後は一緒に暮らすんだ、何も不思議では無いだろう?」
「そ、そうだけど、そうかもしれないけど……!」
どっか照れてる様子の白井さんは、慌てたように私達と赤城のことを見比べる。
そんな必死な白井さんとは対照的に、それを見下ろす赤城はどことなく楽しそう……って。
何これ、どこからこの甘さはきてるんだ? 空気って砂糖の成分混じってたか?
慣れない空気を醸し出す二人に反応し損ねていれば、ちょっと、と呆れたような早乙女に呼ばれる。
振り返ってみれば、呆れも確かにあるけれど、むしろ不機嫌そうな印象が強い表情で。
「忠告しとかなくて良いの?」
……そうだった。うっかり忘れてたけど、明らかにこの雰囲気は駆逐フラグだ。
と、その前に念の為。
「二人って恋人、なんだよね?」
確実にこのやり取りはそうだとうと思って聞けば、白井さんはきょとんとした表情で私を見た後、音を立てそうな勢いで一気に真っ赤に染め上げた。
……あれ?
「ち、違います! 幼馴染です!!」
「……そうなの?」
必死の体で否定する白井さんに驚きながら赤城を見れば、酷く残念そうな、といっても、やっぱりどこか楽しんでる風な表情をする。
それはもう、悪い方向での大人の余裕がある顔で。
「非常に残念なことに、今の時点では、そうだな」
「ユ、月!!」
「うん? どうかしたか? 由季」
……ああ、うん、分かった。赤城が白井さんを好きなのか。
別に白井さんの方が好いてないってわけじゃないけど、明らかにこの空気は赤城が発生源だ。しかもかなり確信犯の意図的に。
それを一応は分かってるのか、白井さんも真っ赤な顔で一生懸命に赤城を睨み付けた。
残念ながら全くもって怖くないけど。
「ユエのばか! いじわる!! 分かっててやってるでしょ!!」
「済まなかった、ついな」
「う、うう……!」
謝られたから責められないけど、納得しきれないとでも言いたげに、白井さんは真っ赤な顔のまま落ち込んだ様子で視線を落とした。
何だろう、逐一恥ずかしそうに小さくなってるその姿がすげー可愛いというか、弄る赤城の気持ちが分かるというか。むしろ私も弄りた…………
「……いや、でもその雰囲気からして今はものすげー危ない感じで……」
可愛いとか言ってる場合じゃなかった。限りなく生死に関わる問題だ。
それをしっかりと耳に入れていたのか、赤城は表情を戻して首を傾げる。
「危ない、というのは?」
目ざといというか、何というか。
見定めるように真剣な顔でこっちを見てくる赤城には、居心地の悪さすら感じるけど、説明をしないわけにもいかない。
「このマンションに住むなら結構日常茶飯事だから避けては通れないっつーか、むしろ生き残れないようならこのマンションの暮らしは無理なんだけど」
言いながら、私はじっと赤城と白井さんを見る。
何となく、ではあるけれど、言動からして赤城は無理ではなさそうな気がした。
人外だ、とまでは言わないけど……何だろうな、何があっても基本冷静に対処しそうな感じというか、とにかく一人でどうにかしそうな雰囲気がある。単なる勘だけど。
気になるのは白井さんの方だ。
見た目美少女で中身変態、みたいな人間は知り合いにいたりするけど、現時点では白井さんはごくごく普通の女の子と見た。胸以外は。
だからこそ、私は主に白井さんへと向き直る。
「二人とも、実は怪力だったり化け物並の生存力とか戦闘力があったりする?」
「せ、戦闘、力……?」
意味が分からなかったらしく、非常に戸惑った反応を返された。あ、だめだな、これ。普通だ。
なんて悟りつつあった私の後ろで、真也もまたおずおずと唇を開く。
「まあ……ここ、爆発は日常茶飯事だし、たまに家具が壁を突き破ってくるし……」
「……ええええぇぇぇぇ!?」
完全に目を剥いた白井さんに対して、一応窺った赤城の様子は呆れたようなものだった。
……呆れるだけってのもおかしいと思うけど、ここは対処できそうで良かったと感じるべきなんだろうか。
判断に迷うとこだったけど、ひとまず白井さんへの説明が先だ。
今の鷹野さんの前で、あの砂糖が飽和状態な空気を漂わせたら死亡フラグだし。
「んで、今現在その中でも特に暴走すると危ない女の子の機嫌がとんでもなく……」
「ちょ、いやま、包丁はやめてええええぇぇぇぇぇぇ!!」
「………………」
説明しようとした矢先、聞き慣れた美少女の叫び声が一階から響き渡った。
直後に凄まじい物音が響き渡ったけど……ああ、うん、ちょっと説明を始めるのが遅かったかもしれない。と、後悔の念が沸き起こる。
固まったまま顔からどんどん血の気が失せていく白井さんとは対照的に、赤城の方は冷静そのものだ。顔に出ないってわけじゃなく、その状況把握は速かった。
す、と表情を引き締めると、慣れたように隣の白井さんを左腕で抱き寄せる。
「由季、私から離れるな」
「月……」
何だろう、素直にイケメンでカッコ良い。普通の女子だったら多分十中八九惚れるだろう。
それに、赤城を見上げる白井さんの表情が落ち着いてきたことを考えると、やっぱり赤城には何か力でもあるのかもしれない。
きっと頼れるんだろうな、とも思う。
だけどだ。
「いや、原因的に今はその体勢の方が危な、」
「死ねこのバカップル共がああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「いや僕バカップルじゃないってぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」
私の忠告をかき消す一際大きな悲鳴と同時、一階にあったはずのソファが階段を越えて吹っ飛んできた。
それを神業的な誤差で躱して廊下に引っくり返っているのは、良く見知った僕っ娘美少女、市ノ瀬だ。
きっと高校からここまで逃げ延びてきたんだろう。それは素直に凄いと思う。
普通なら労わっても良いはずのところだけど、我らが毒舌魔人の早乙女は大きな溜め息まで吐きながら、慈悲なんて微塵も含まれない目で市ノ瀬のことを見下ろした。
「二階まで上がってこないで一階でちゃんと仕留められてきなよ。君が二階に来たせいでこっちまで被害被るとか傍迷惑以外の何物でもないんだけど。君あの子のこと好きなんでしょ、討ち取られても本望じゃないの?」
「唯ちゃんがとんでもなく可愛いのと僕の一周忌を一年後の今日にして良いかは全く別の話だよ!」
がばっと起き上った市ノ瀬はどうやらまだまだ元気らしい。流石だ。
けれどもその奥の階段からは、一段一段ゆっくりと上がってくる、人にしては重い足音が聞こえてくるわけで。
ゆらり、現れたのは鷹野さん。
……ではなく、その手に掴まれてるらしいテレビだ。
思わず固まる私の前で、鷹野さんは完全に据わった目をしながら、何もない低い位置を見つめてる。
「あははははは。何だよ世間のカップルは『ちょっとこれ失敗しちゃったんだけどぉ』とか言って完璧にしか見えないケーキ控えめに男に差し出すとか何なのあの女どこに目ぇ付けてんの自分のケーキちゃんと見えてんの? 失敗とか嘘だろ計算済みだろ上目遣いとか含めて全部予定通りだろ『そんなことねーよめっちゃ美味そうじゃん!』って男の返答まで含めて全てシナリオ通りなんだろ? そうだよ嘘だよ私のケーキ見て具合悪いとか食欲ないとか間違ってお菓子摘まんだからお腹一杯って言い出す奴らも全部含めて嘘八百なんだろ……マジふざけんなこのバカップル共がああああぁぁぁぁぁ!!」
「嫌あああぁぁぁ207号室お邪魔します!!」
振り被ったテレビを認識した瞬間、市ノ瀬が私達の部屋に飛び込んできて。
その勢いで私達三人も倒れ込むように室内に……って、ちょ、外の白井さん達が!
「うわあああああぁぁぁぁぁんっ!!」
廊下で悲鳴が上がる中、凄まじい音が響き渡った。
思わず閉じていた目をそっと開きながら見つめた廊下にあったのは、テレビに潰された悲惨としか言いようがない状態の、白井さんと赤城の姿。
……なんかじゃない。
テレビは、あった。
けれどもその下敷きになっているものは、何もない。
それどころか、そのテレビには見るも無残な程にある物が突き刺さっていた。
日本人ならきっとほとんどの人が知ってる、けれども実物を見慣れてる人は少数派だろう、それは。
「に、日本刀……?」
後ろの真也が、戸惑ったような声で口にした通り、日本刀が完全にテレビに突き刺さっていた。
しかも一振りどころじゃない、十五振り位の大量の日本刀が、だ。
思わず廊下に顔を出して状況を確認すれば、白井さんを抱えた赤城が廊下の端に……って待て、この一瞬でどうやって人一人抱えてそんな奥まで移動するんだ?
それに二人が無事なことは喜ぶべきだとは思うけど、その一方でこの日本刀を用意した人間がいることを考えれば、逆に危険度は増した気がしなくもない。
つーか、ぶっちゃけ、ヤバい予感しかしないんだけど、と。
どうやら日本刀を投げたらしい、二人よりも手前に佇んでいる、黒い衣服で身を固めた人物を、私は息を呑んで見上げた。
白井さんと同じ、黒髪ロング。
それに加えて、白い肌に、沈んだ赤い色の瞳。
極めつけは、異様なまでに整い過ぎてるその容姿だろう。
完璧過ぎる美少女は、何故か所持してる三本ものナイフを片手に、にこりと綺麗に微笑んだ。
「僕、まんしょんっていうので暮らすのは初めてなんだけど、テレビがいきなり飛んでくるような施設なんだね。初めて知ったよ」
「……そうでも無い筈なんだがな」
「ふふ……でもびっくりだよね、間に合って良かった」
何で楽しげなんだ、どうしてそんな余裕なんだ、そして何故彼女はナイフをそんな普通に所持してるんだ……!
普通に返してる赤城も含めて果てしなくツッコみたいけど、それよりもまずは未だキレてる鷹野さんが問題だ。
美人さんが持ってるナイフなんてもちろん気にした様子もなく、鷹野さんは据わった目で三人を見た。
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