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「小虎ァ!腹減った!……ん?ギャッハ!小虎がおべんきょしてる!」
「え?まじで?あ、ほんとだ!」
「スズ。ショウも……ってか余計なお世話だ!いや、すげーよこの人。お前らもバカなんだから聞いてみろよ」
突如現れた男女に注目され、鬼村はすこし動揺する。それを悟られないよう、咳払いを一つした。
「わからないことがあれば答えますが」
「ハイハイ!カノジョいる?」
「……帰る!」
「勝手に帰ったらどうなると思ってるの?うらちゃん」
「……っ!」
わなわなと震えながら元の席に着く鬼村を見て、スズはまたケラケラと笑った。
「冗談だって!見たらわかるし!」
「……貴様……」
落ち着け。落ち着け鬼村碧。
息を大きく吸って吐いて、目の前の課題と向き合った。こいつらの相手さえクリアすれば、ひとまず自分の役目は終わるのだ。
「勉強のことなら、わからないことにはお答えします」
「あ、じゃあさ、ショウに国語教えてやってくれよ。こいつ、前に明日追試の小テストだって言ってたのに───」
「え!?そうなのか!?」
「……こんな感じだからさ」
「……まあ、僕でいいならお教えしましょう。教科書などありますよね、持ってきてください」
「ハイ先生!!」
ショウが二階に駆け上がって行くのと入れ違いで、二階から何人かが降りてくる。テレビを見ようと一階に来た柴谷翼と鷹野唯、そして田村沙弥に平城真也だった。
「媛路がすごい勢いで上がって行ったんだけど、何───あ、うらちゃん?先生って、そういうことか」
「戌井くんたちの知り合い?」
「そうだよ。学年二位の記録を持つ秀才君だよ。みんなも、赤点とりそうな教科とかヤバいやつあったら気軽にうらちゃんに聞くといいよ」
「戌井貴様っ……!」
「あれ?うらちゃんに拒否権なんてあるの?」
悪魔のような笑みを浮かべる一真に、鬼村は口ごもった。こいつに楯突いてはろくなことは起きない。
「……あっ!」
「どうした、翼」
「唯……オレたちこの間アル先生に“今度成績下がったらどうなるかわかってるな?”って脅され……じゃなかった、言われたばっかりだよ!」
「そうだったっけ」
「ヤバいよ殺されるよ!一緒に勉強教えてもらおう!」
「……ちっ。そういうことならしょうがないか」
唯は渋々といった様子で、椅子に座った。頬杖をつきながら前に座る鬼村を睨みつける。
「おい……。これで私の成績が上がらなかったら……どうなるかわかってるよな?」
「ひっ……!?」
まるで般若だと思った。般若そのもの。般若という言葉はこの女子の為にあったのではないかと錯覚するほど。
「唯!それじゃアル先生と変らないから!」
「私はお願いをしているだけだ」
「恐喝だよ!」
「大丈夫だようらちゃんなら。あ、そうだ。もし成績が上がったなら、お礼としてうらちゃんに唯ちゃんの手料理食べさせてあげなよ」
「ちょ、戌井待て!それはいくら何でもヤバすぎる!」
「おい、それはどういう意味だ?」
「あっ、いや!それは───ひっ!」
その瞬間、唯が持っていたシャーペンが鈍い音を立てた。パラパラ、とプラスチックの破片が手のひらからこぼれ落ちる。プラスチックのシャーペンが真っ二つである。
「もぉぉぉ!容易に唯の怒りスイッチ押すなよぉぉぉ!!!!」
「おい!ぼやっとしてないで逃げろ!怪我するぞ!」
「怪我!?」
動揺して動けないでいると、机の上にあった参考書がきれいに直線を辿って流れて行く。
小虎に向かって投げられたものだったが、間一髪でよけた。よけた先にあったのは階段で、参考書はちょうど階段を降りてきたところだったショウの顔面に直撃した。
「いってええええええええ!!??」
「ギャッハハハハハハハハ!!ショウナイスキャッチぃ!!」
「まてコラ小虎!!コロス!!」
「唯ちゃん落ち着いてぇぇぇぇぇ!」
叫ぶ。惑う。割れる。
勉強どころではないこの騒ぎに、机の下に隠れた鬼村はただただ呆然とするしかない。
「あはは、賑やかうらちゃん塾の開講だね」
「おまえ、よく呑気に茶ぁ飲めるよな……」
そんな一真と祐樹の会話に、ツッコミを入れる気力ももうなかった。
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