屋根裏に住む少女と銀狐
――クリスマスの日、新見新はラジオから聞こえてくるジングルベルに、ぼーっとした頭で「そういえば、クリスマスか」と思った。
万年引きこもりの彼女には、平日だろうが休日だろうが祝日だろうが、関係なかった。冬休みの課題をとうに終わらせた彼女は、暇を持て余し、ベッドにごろごろ転がる。
「……クリスマスに一人、大いに結構。ああ……でもケーキが食べたい」
ほぼ、毎日のようにケーキを食べているくせにそんなことを言う。山月にお願いしよう、と決めたところでやっと、ベッドから起き上がろうとした。
「……誰だ」
だが、扉の前に人気を感じて、警戒する。この屋根裏部屋に来る人間なんて、後輩の山月小虎とひょんなことで知り合い新見を可愛がるアルベルトと直人、三人以外いない。
「おい、ワタシは人嫌いだ。変に関わろうと……」
新見が警告のように言う。そして、扉の隙間から、ぴょん、と顔を出したのは……
「……き、きつね!?」
――綺麗な毛並みを持つ銀狐だった。
新見は困惑し「ここのマンションにキツネなんて飼っているやつがいるのか……」とまじまじと、銀狐を注視した。
「……かわいい、な」
新見は警戒を解いて、銀狐を怖がることなく「ちょっと、こい」と手招きする。だが、銀狐はぷいっとそっぽを向く。構って欲しいわけじゃない、というツンとした態度に新見はムッとする。
「……もしかして野生か。でも、こんな都会に迷い込むなんて珍しい……」
だが、すぐにそう思い直し、逃げないのは「クリスマスで、下は下で騒がしいから、戻れなくなったんだろう」と推測した。
「でも、お前野生のわりに綺麗だな……」
銀狐の毛並は、とても美しいものだった。撫でたら気持ち良さそうで…新見はそっぽを向いている銀狐を見ながら、一人話しかける。その口調は、穏やかで普段の人に対する彼女とは180度違ったもの。意外にも、動物は好きのようだ。
「…ワタシは小学生まで山奥に住んでいたんだ。自然しかないようなところだ。お前みたいなキツネやタヌキもいた。小学校も、ワタシと市来っていう馬鹿しかいなくて、登下校のさい毎日何かしらの動物を見ていた気がする」
返事がないのが気楽なのか、饒舌に話す。
「市来って馬鹿は本当に……ボーっとしてて、池に落ちたことが何回もある。ワタシより泣き虫だったし、小っちゃかったんだぞ? それがなんであんなデカく……人っていうのは分からないな?」
ふふ、っと普段まったく見せない笑顔を浮かべ、銀狐に昔話を聞かせる。
「春はつくしやよもぎをとったり、夏は虫を捕まえて、秋は落ち葉を集めて焼き芋をしたし、冬は雪だるまやかまくらを作ったな……今思うと、子どもも大人も関係なく遊んでいた」
今の新見には考えられないほど、アクティブな幼少時代だったようだ。
「懐かしいな……お前は一人なのか? 兄弟とか、親とか……やっぱり居るんだろう? ここの住人はおかしなやつが多いから、鍋にして食われるぞ? いや、それはタヌキか…」
新見は一人で話していて、だんだん銀狐のことが心配になってきたのか「ここから早く帰った方がいい」と促す。
「あ、待て」
だが、ふと思いとどまってベッドの上から立ち上がり、部屋に置いてある冷蔵庫を漁って袋を取り出す。
「……近寄ってもいいか?」
許可を取るように銀狐に聞き、ジッと動かないのを見ると、ゆっくりと近寄った。銀狐の前まで行くと正座をし、銀狐が逃げないのを見てホッと胸を撫で下ろした。
「……今日はクリスマスって行事で、人はみんな大切な人とケーキを食べたり馬鹿騒ぎするんだ。この日……ワタシは一人だと思っていた。でも、お前が来てなんだか嬉しかったから……キツネって、いちご大福食べるのか?」
袋から一つ、いちご大福を取り出し床の上にテイッシュと共に置いた。銀狐はうかがうように、新見を見ていた。
「ここの大福、とっても美味しいんだ。生クリームとあんこ、果物のバランスが絶妙で……あげていいか分からないけどな、ワタシのつまらない昔話に付き合ってくれたお礼だ」
新見は銀狐に、おあがり、といちご大福を差し出す。銀狐はクンクン、と匂いをかんでぱくっとかぶりついた。新見は、銀狐が大福を食べてくれたことに、ぱああっと顔を明るくし嬉しそうに笑った。そのうち、銀狐に触ってみたくなり「な、撫でてもいいか……?」と大福を食べている銀狐をのぞき込むように言う。銀狐はぷいっとそっぽを向き拒否する。
「うう……そうだよな、そうだよな……ワタシみたいな人間に触られたくないよな……お前たち住処を奪うような人間だもんな……」
多大なダメージを受けた新見は、ズーン、と落ち込む。そして、羨むように呟く
「……お前はいいなあ……ワタシも動物に生まれれば良かったのに……いや、人類が滅べば良いんだ。森も破壊されないし、お前らも安泰だ。人類滅べ」
物騒なことを口にし、まだ袋にあった大福をそのまま銀狐の前におく。
「親・兄弟と分けて食べればいい。うまかっただろう?」
全部食べ終わった銀狐は、口の周りについた粉を起用に前足で拭いていた。そして、目の前に置かれた袋と新見を交互に見る。
「ん。いいんだ。その媚びない精神は良い。人間はおおいに警戒すべきだ!」
……お前は動物か、なんて突っ込みをする人は誰もいないが、人間嫌いの新見にとって人間を警戒する銀狐は共感出来たのだろう。種の垣根を超えて……。
「……じゃあな。もう来るなよ。また来たら、鍋にされて毛皮は売られるかもしれない。お前の毛は銀色で珍しい。それに、とっても綺麗なんだ、もったいないぞ?」
銀狐はもらった大福をしっかりくわえて、ぴょっん、と来たときと同じように部屋の外に出た。それでいい、と新見は一時の交流の別れを寂しく思いながら納得する。でも……一人いなくなった部屋で呟く。
「――また、来てくれたら嬉しいけどな……バイバイ」
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