マンション化計画 | ナノ


屋根裏の少女4


三日に一度障子を開けると置いてある綺麗にラッピングされた「お菓子」に、新見新は困惑していた。――無類のお菓子好きの新見はそれを喜んで食べていたが、そのお菓子を贈ってくるのが誰か分かると、複雑な気持ちになりお菓子を食べる気もなくなった。

「なんで……あの二人がワタシに関わろうとするんだ」

新見は――二人にこの前、癇癪を起こしたように「来るな!」と怒ったのに、なぜかお菓子を置いていくようになった。その行為に彼女は意味が分からないと頭を抱えていた。

「なぜ拒絶したのに通ってくるんだ……マゾかおい……」

新見は苛立ち感情の波にさらわれそうになる。ムカムカイライラ――そして泣きたくなるのだ。

「うう……ワタシみたいなやつに構うなよぉ……からかって楽しんでるのかバカァ!!」

そうやって八つ当たりのように吐き出して……更に虚しくなった。新見は知っている。二人がからかうために、お菓子を贈ってくるわけじゃないと。

『新でてこねぇかなぁ』
『しっ……あたしたち見たら怖がるんだから……』
『今日の自信作でなんとか…』
『出てきたら良いんだけどね……でも、ほら!お菓子は幸せそうな顔で美味しいって食べてるって小虎が!』
『……やべぇ、鼻血出る』
『…アルの脳内どうなってんの?』


二人はただ純粋に新見と会いたいと思っている。ただ、なぜそう思っているのか、新見には分からなかった。いくら考えても、嫌われるようなことしか、していないのに……。

「どーせ、ワタシが人と関わることなんて……」

悩ましい、とラッピングをいじり、僻んでいると机に置いていた携帯が光る。

表示された字は「久崎颯馬」――新見の唯一と言い、同年代の友達だった。熱い正義漢だが爽やかで文武両道……だが同性愛者の残念なイケメンでもある。


「……なんだ、久崎」
『随分、機嫌が悪そうだな新見?』

憮然とした声で応じる新見に久崎はカラッと笑って応える。

『山月くんに聞いたぞ、お前に新しく友人が出来たと。やっと、私や市来以外と関わるようになってくれたか!』

嬉しそうに、まるで自分のことのように喜ぶ久崎の口調とは反対に沈んだ声で「あの人たちはそんなんじゃない……」と言う。

「きっと……ワタシが、物珍しいだけだ」
『そんな卑屈な…でも、良いじゃないか』
「は?」
『物珍しさから交流を始めて、友達になるのだって――それが始まりでも、新見が少しでも世界を広げられれば良いと私は思う』

久崎はいつでもそっと、新見の背中を押す。彼は誰とも関わらなくなった新見を案じているが、無理に変わろうとしなくて良いと長い目で見ていた。

「でも、だって……怒鳴ったし…ヒステリックに何度も来るなって……」
『新見、それでも遊びに来てくれるなら新見のことが気になってるいるということだ。一度、話して見れば良い』
「久崎……でも……ワタシは…つまらない、人間だ。偉そうだし、人間嫌いのヒステリックだし、……あの二人を不快にさせる」
『そんなことない。そこまで否定するなら、新見も気になってるんじゃないか? 仲良くしたいんだろう?』
「あの二人がワタシを構う意味が分からない!理解出来ない!毎回持ってくるお菓子美味しいし!!!……どうすればいいんだ…ッ」
久崎が前向きな言葉をかけても、新見は繰り返すように「でも」と否定を続ける。――新見は怖かった。人間嫌いの上、何年も人と関わって来なかったせいか、どう繋がりを持てば良いのか分からない。拒絶した二人が部屋に来るたび、なんと声をかけたら良いのか分からない。ついに咳を切ってひっく、と泣き始めた新見に久崎は優しく声を投げ掛ける。


『なあ、新見……私は人に関わる理由は"気になった"からで十分だと思うんだ。新学期、カッコいい人や可愛い人が目を引いて、仲良くなりたいな、話したいな、そんな理由で十分だと思う。だから、意味なんて無いだろうし、お菓子が美味しいのはその人たちの気持ちがこもっているからだろう?』
「うっ…ふ――う゛…ん…っ」
『会うのが怖いなら、メールしてみたらどうだ』
「め、る……?」

久崎の意外な提案に新見は大粒の涙を流しながら、目を見張る。

『顔も見えないし、コミュニケーションのリハビリにもなると思う。少しずつで良いんだ、歩み寄っていけばいいじゃないか』
「……そ、か…も……」

嗚咽を飲み込みながら、頷く。

『今度、遊びに行くから紹介してくれよ』
「……山月目当てのくせに……」
『……ちょっとそれもある』

新見は意地悪で言ったのに、久崎は真正直に言う。久崎ありがとう、と小さな声でで言って電話を切った。

新見は携帯を握り締め深呼吸し、自分の意思を吐き出し、問う。

「……ワタシ、は、あのふたりと……かかわり、たい…と……おもう」

「ワタシ、は……うれしかった……ヒトはきら、い…だけど……ひとりはさみしい…」

「マンションに入居したのは……変わらなきゃと思ったからだろ……」

「ワタシに興味を持ってるあの二人から関わることなら……頑張れるか、新見新」


新見は――痛いくらいに唇を噛み締め、こくり、と頷く。涙で濡れた目をこすり、がんばる、と呟き、ペンを取った――。





直人とアルベルトは、足繁く新見の住む屋根裏にお菓子を持って通っていた。

「……新、生きてるよね?」
「山月が心配してたな…」

最近、まったく話してくれないと嘆いていた山月を思い出し、自分達のせいで気を悪くしてるのではないかと不安になる。

「……今日で止めよっか…」
「俺は捕獲するまで諦めない」
「新は人間だってば!アホアル!」

アルベルトは新見を小動物だと頑として譲らない。さすがの直人も呆れている。――そして屋根裏に着き、直人がいつものように障子の外にそっと置いて去ろうとしたその時……障子に紙が挟まっているのに気づいた。

「何これ?」
「……手紙?」

アルベルトが手に取り見ると『直人さん アルベルトさんへ』と丁寧な字で書いてあった。裏には『新見新』と書いてある。

「え!?新からの手紙!?」
「ハムスターなのに字が書けるとは…」
「うるさいバカアル! 貸して!」

直人が無理やりアルベルトの手から手紙を奪い、封を切る。中には三行で要件が簡潔に書いてあった。

『いつもお菓子ありがとうございます。
美味しくいただいています。
もし、よかったらメールでやりとり、しませんか。
nimi**@******.co.jp

新見新』


直人は目を丸くし、障子をスパーンッと開き叫んでいた。

「新、歩み寄ってくれてありがとう!」
「ぎゃああああ!!? いきなり障子を開くなあああああああ!!」
「あ、ごめん……」


叫び返されて我に返り、そっと閉めようしたが、アルベルトの手が阻む。

「新、今日はトウマとケーキ焼いたんだ。感想聞かせてくれよ」
「……うん」


聞こえてきた返事に二人ははっとして、顔を見合わせ「今、返事!」「したな?」と確認し合って喜んだ。


その二人の様子に新見は恥ずかしくなって、「早く閉めろ!お願いだから!」と頼んだ。――その顔が真っ赤だったのは言うまでもない。



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