マンション化計画 | ナノ


猫と犬の迷路体験

「よぉ」
「おや、どうかしましたか」


 このマンションの管理人になって・・・・・・ああ、もう時間間隔がわかりません。略称。
 私の前に現れたのは、人間ではありません。しかし、ぎりぎり肩につかない黒髪に蒼の猫目。服装も人間もので適合していることが伺える。
 私も、妖怪に言えたものでないですがね。


「お前が中原さんだな」
「・・・・・・一応、敬意を払って頂けるのはありがたいですが、どうもまわりはバカが多くて歩実とか、呼び捨ての方が多いんです。結論を申し上げますと、さんつけで呼ばないでください」
「そうか。わかった」


 私の部屋は、本と椅子が二つ以外ない。しかも椅子は向かい合わせという悪趣味。悪趣味だからこそこの配置にしたのですが。
 目の前の椅子に腰掛けた女が、こちらを射抜くように見つけていた。しばらく本に視線を向けていましたが、諦めて再度彼女の顔に向き直る。


「何か御用ですか?」
「いや、伯麗さんとかからお前のこと聞いたから、どんなやつか見てるんだよ」
「ああ、あの。しかし、私は彼に興味ありません。あの隣の女が壊れた別ですがね」
「嘘だろ?」
「・・・・・・は?」
「いや、本当かもな」


 なんだ、この気持ちは。
 自分を見ているようだ。しかし、情報によればこの妖怪は私と同じ思考ではないはずだ。なにより、あの狐の妹と親友だという。
 女は私の表情に満足そうに笑った。ああ、こいつは、私を挑発している。いや、誘導? 誘発? わからない。


「聞いたとおりだな。本当、迷路みたいなやつだ」
「・・・・・・変な例えですね。伯麗さんは、私をそのように見ていたのですか」
「いいや、あたしの情報網で、だよ。お前のことぺらぺら話す金髪がいてな」


 ジオだ。間違いない。何時かしめる。
 頭を抱えたくなりましたが、普通の妖怪、人間の前でそんな情けない態度はだしたくない。毅然に保とうとしましたが、肩の力抜いていいんだぜと猫又は笑った。


「どうこう、指図するつもりはねーよ。あたしよりあんたの方が遥かに生きてるしな。だけど、ちょっと肩の力抜いて、誰かに頼ってもいいんじゃねーか?」
「頼らなくとも、生きていけます」
「嘘だね」
「また、なんですか。真実と嘘がないからとて、私は人間の意思伝達の方法をつかい、はっきり述べているではないですか。本当ですよ」
「いいや、あんたは無理してる」


 玖鈴といったか。私の目をまっすぐに見る女だ。
 たまに見せる、破壊神と、狂人の表情と全く同じで、頭が痛くなる。


「たった一人で生きてきた? なら、なんであんたは笑ってない。その似非笑いきもちわりいんだよ。心や思考がぼろぼろになってまでなんで一人で生きようとする?」
「・・・・・・やめなさい」
「逃げるな。何で、あんたは人に関わろうとしない? 夜美とか、沙弥、小虎とあんたは違うだろ。あんたは助ける力がある」
「黙れ」


 腹の底から、唸り声を上げるような、獰猛な獣のような声が耳にはいる。
 関われないとか、関わるとかどうでもいい。私には、理解できないものを受け入れる器はない。
 私という器が、とうの昔に壊れて、穴があいていたことに気がついているから。

 女は、少し驚いた様子で、次に、罰が悪そうに笑った。


「そこまで追い詰めるつもりはなかったんだ。ただな、迷路みたいなやつって聞いて、心配になったんだよ」
「・・・・・・」
「無理はしなくていい。ちょっとずつ、お前を心配してる人や化物に近づいたらどうだ? なんなら、あたしがお前を受け止めてやるから」


 意味がわからない。なんで、そんなことをいうんだ。
 部屋から出ていった玖鈴という女の背を見送り、私は玖鈴の隣にいた女を思い出す。
 ・・・・・・彼女も、どちらかというと自分の殻に閉じこもっているタイプですね。
 まさか、私をその女と一緒にした?
 ・・・・・・まさか。私と、あの女は違いますし。

 私は、書斎の本を変えた。次の物語は童話。
 必ず、逆境を王子様に助けてもらい、ハッピーエンドを迎えるご都合主義話。


「阿弥央―!!」


 だけど、私にそれを読ませてくれる暇はないらしい。



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