非日常にようこそ
───なんだあのトラック。
デカデカと「引越しセンター」と書いてあるのだから、引越しのトラックに違いないのだが、そんな話は聞いていない。聞きそびれただけかもしれないが。
山月小虎は首を傾げた。
下に降りて様子を見ようとしたところで、下の階から声がした。
「山月か平城いる?降りてきてくんない?」
その声は、早乙女春樹のものだった。
叫ぶようにして返事をする。
「いるぞー。平城もたぶん部屋にいる」
「じゃあ呼んで。今すぐ」
急かすような口ぶりに、どうしたことかと思いつつ部屋にいる平城真也を呼び出した。
真也と小虎は訳がわからぬまま下の階に向かう。───と。
「……ダンボールで城でも作るのか?」
「そう見える?」
共同玄関の前にうず高く積まれたダンボールの山。もはや向こう側が見えない。
何個あるのだろうか……数えるのも億劫になるほどである。
「ええと、これ、何……?」
困惑する真也と小虎に、春樹はやれやれと言ったような顔をした。
引っ張るようにしてダンボールの向こう側に連れ出す。
すると───
「必要な服だけ持ってこいっつったろ!」
「だから、必要な分だけじゃんー!」
「このダンボール何個分お前の服だと思ってんだ!服だけじゃねぇ、化粧品やら何やらだいたいお前の荷物だろ!」
「全部必要なんだからしょうがないでしょー!?」
制服姿の男女が四人、そこに立っていた。
短い黒髪で眼鏡の少年と、ピンクブラウンの長い髪をくるくると巻いている、化粧の濃い少女が言い合っている。それを茶髪のふわふわした髪の少年がニコニコと眺め、眠そうな顔をした黒髪の少年はぼーっとマンションを眺めている。
真也は「あっ」という顔をしたが、小虎は小首をかしげる。
すると、茶髪の少年───戌井一真が春樹たちに気づいてニコリと微笑みかけた。
「春樹。真也くんも。えっと、そっちの金髪は───山月小虎くん、かな?」
「そうだけど……あんたは?」
「俺は戌井一真。同い年だから気軽に一真って呼んでよ」
すっと右手を差し出される。その笑みが親しみやすいものだったため、小虎は笑顔で握手に応じた。
横目で真也を伺うと、何やら引きつった笑みを浮かべていた。
「急にごめんね。管理人さんには話が行ってると思うんだけど、春樹の紹介で今日からここに住むことになったんだ」
「早乙女の?」
「うん、そう」
小虎は違和感を覚える。
───紹介?紹介って、早乙女がここをいいように紹介するとは思えねーけど……。
普段からマシンガンのように毒を放つ春樹だ。このマンションのことだって、酷い言いようで吹聴しているに違いないのに。
「ほら、いちゃついてないで挨拶しなよ」
「おい!誰がいちゃついてるって!?」
ヅカヅカとこちらへ向かってきた黒髪眼鏡の少年は、小虎を一瞥して眉間にシワを寄せた。
「猿山祐樹!世話になる!」
「ごめんね、これ通常運転だから」
「うるせー!」
すると続けてピンクブラウンの少女がやってきて、小虎にニコリと笑いかけた。
「あたし、川崎桃!この三人のマスターなの!」
「マ、マスター?」
「この三人はあたしのお供なんだ!」
「へ?」
話について行けず、目を白黒させる。
だが、桃は自信たっぷりにそう告げてきたので、聞き返すのも申し訳ない。
そして、最後の眠そうな少年は、積んであるダンボールをひょいと持ち上げながら、小虎の元にやって来た。
「……雉田純平です。俺らの部屋、何処ですか……」
「へ?あー。202号室かな?たぶん」
小虎がそう告げると、純平はぺこりとお辞儀をしてスタスタと階段を登って行ってしまった。
「……まぁ、そういうわけだから。これからよろしくね」
「……ていうか、あれ?山月くんは初めて会うからわかるけど、何で俺も連れてきたの?」
「決まってるじゃん。これ」
春樹は怪訝そうな顔で、ダンボールの山を指差した。
「僕にこんな重たいもの、運べるわけないでしょ」
「パシリじゃねーか!」
「怪力は他にもいるけど、沙弥ちゃんは201にいるみたいだったし。僕あそこ近寄りたくないんだよね」
偉そうに仁王立ちしてそう言った春樹に、小虎はため息をついた。真也は慣れっこなのか反論もせず、ダンボールの山からダンボールを持てるだけ持って階段を上がり始めた。
小虎はしょうがなく、ダンボールを二つほど持ち上げて、新たな住人に目を向ける。
なにやらまた変わった連中がやってきたな、と思った。まぁ、今いる連中よりかはまだマシな方かもしれないが。
と、そこまで考えたところで、小虎はさっきの違和感を解消しようと一真に向き直った。
「ていうか、戌井。今お前、早乙女の紹介だって言ったけど───」
そう言いかけたところで、何やら二階から騒ぎが聞こえた。叫び声。ガラスの割れる音。それと同時に、二階からフライパンが飛んできた。
「ぎゃぁぁぁ!唯ちゃん待って落ち着いて!」
「死ね市ノ瀬ぇぇえ!!」
「包丁は!包丁は本当にマズイからぁぁぁあ!!!」
カランカラン、と地面に落ちたフライパンを眺めながら、何も言えず固まる。
初日でこの光景を見せつけるなんて、せっかく運んできた荷物が無駄になるかもしれない。
恐る恐る一真を見ると───楽しそうに笑っている。
その笑みはまるで、なんというか。
───悪魔……?いや、違う。……魔王?
「小虎ぁ、今フライパン飛んでかなかったかー?……うおっ?新しい人ぉ?ぎゃっは!今の見てた?」
「……あれって、男か?」
「かわいいねー!」
二階からぴょっこり顔を出した成原鈴之助───スズに、あっけらかんと笑って見せる桃。呆気にとられる祐樹。
スズの姿を見て、一真はまた笑った。
「春樹から聞いた通りだ。すっごい。面白そうだなぁ」
前言撤回である。
やっぱりここには、一癖も二癖もある奴が集まるらしい。
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