禍福は糾える縄の如し
唯ちゃんと市ノ瀬ちゃんがリビングで鉢合わせて市ノ瀬ちゃんが唯ちゃんに熱烈なアピールをした瞬間、唯ちゃんの暴力が始まると思って身を固まらせた時――視界が彼の手で遮断され、怒号やバキ、メキ、なんて物騒な音が聞こえる。
「鷹野……おい、やめろって!?」
「うるせえええええ!!!今日こそこの変態潰さねぇと……」
「ああ…っ唯ちゃん!そんなボコり愛も素敵だね!!!」
「……黙れ」
人体を殴打するなんだか聞こえちゃいけない音に耳を塞ぐ。彼の「せめて外でやってくれ――――!!!」という悲痛な声は二人にまったく届いていないみたい。
「……大丈夫か、高坂?」
彼の少しくぐもった声が聞こえて、頷く。こんなトラウマが思い出される状況だけど――平気……というより、彼の声が耳元のすぐそばで聞こえて来たことによって、ぶわっと顔に熱が集中する。
トラウマを彷彿させる暴力行為が目の前で行われているのに……彼に目隠しされて守られている、なんて――。
「ああだから!!!高坂の前では止めろ!一旦止めてここから出してくれ――!」
「……っ」
強く腕に力を込められ、肩が跳ねる。彼の腕に抱かれて、彼の手が目を隠して、恥ずかしくて、逃げ出したいと思うくらい、近い。でも、もう少しこのままで……いたい、なんて。
「山月くん、まだ…?目、あけていい?」
「まだ!見たら卒倒する光景が広がってる!」
「……うん、今の状態も卒倒しそう」
あなたが近すぎて、くらくらする。
「なっ!? 具合、悪いか?」
「ううん、だいじょーぶ」
意味を誤解され、ふふ、とぴくりともしない顔のまま一本調子の笑い声を漏らす。
「は? なんで嬉しそうなんだよ…」
「なんでもないわ」
たぶん目を開けたら彼が言うように卒倒してしまうのだろうけど――彼に介抱されるならそれもいいかも、なんて……
「お花畑ね、わたし」
呟いた側からドーン!というすごい音がして、わたしの独り言はかき消えた。
∴禍福は糾える縄の如し
「まだ…?」
「まーだ!
(……ふふ、たのしい)
(意味がわかんねえけど…高坂機嫌いいな)
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