メリー苦ル死ミマス、真也編
「えっ。早乙女誕生日でしょ? 何でここから出るの?」
「クリスマスをマンションで過ごしたくない理由があるから、先に対策を練っているだけだよ」
「対策……? でも、誕生日……」
「平城、察してよ」
早乙女が玄関でそう俺に伝えた。
確か、早乙女の誕生日はクリスマスで、田村さんもバイトかなって早乙女の誕生日祝おうといたけど、早乙女は残念なことに一度家に帰ってしまうらしい。
察してと上目遣いで言われて、俺は我に返る。
確か、今はいないけど早乙女は友子ちゃんと過ごすのかもしれない。それを俺は邪魔しようとしていたのか。
「ごめん! 俺、ぜんぜん気づかなかった! 楽しんでね!」
「うん。自由と平和を堪能してくるよ」
さっさと櫂木荘から出ていってしまった早乙女の背を見送って、ポツンと俺だけが残った。
毎年、クリスマスだけでなく、どの行事でも一人だった。だけど、早乙女や田村さんと一緒ではないはじめてのクリスマスは思ったより寂しさを感じる。
「……田村さん、アルバイト……だよなあ」
一番過ごしたい人を誘えないまま、クリスマスを迎えてしまった。それが一番の心残りかもしれない。
ふらふらと重い足を引きずってリビングのソファーに腰かけたら、隣に黒い髪の女の子がこちらに顔を向けていた。
「よぉ、真也」
「あ……玖鈴さん」
蒼い猫っぽい目を細めて笑みを浮かべる玖鈴さんは、この櫂木荘で俺たちが住んでいる部屋のすぐおとなりさんだった。
まだ、皆は気づいてないけど、多分人間じゃないと思う。勘なんだけど。
「何しけた面してんだよ」
「ん……。今日クリスマスでしょ」
「あー。そーいや、そーだな」
「興味ないの?」
「んー。アタシ達の文化じゃ、そう意識しない行事だからなー。今年は珠華と一緒にそれらしいことしてもいいかもな」
「っ!」
「大丈夫、今は珠華は兄さんに会ってるからな。ここにはいねーよ」
ソファーから立ち上がってコートに腕を通す玖鈴さん。ぼうっと魂が抜けたようにそれを見ていたら、玖鈴さんがいきなり俺に顔を近づける。
「うわっ!?」
「沙弥は今日、バイトねーみてーだぜ」
「え、え?」
「男なら、決めるときは決めてやれ」
玖鈴さんは珠華迎えに行ってくるとリビングから姿を消した。 唖然としていたけど、次第に頬が緩んでしまう。
そうだよね、俺らしくなかった。
俺はあたってもくだけないし、転んでもただでは起き上がらない。
さっとソファーから立ち上がった俺は、駆け足で階段をかけあがり、奥から二番目で左側にある扉の前に立ち、ドアノブを回した。
瞬間、黒い髪の子が目の前にいて、思わず後ずさってしまう。
「た、田村さん」
「おお。平城じゃん。そんな真っ赤な顔してどうしたの?」
「え、た、田村さんは? なんで玄関近くなんて」
「私? 私は何か甘いもん食べたくなってさ。さっき小虎と千百合がなんか作ってたろ? あまりもの集りに行こうかなーって」
にししと笑う田村さんは可愛くて、今すぐ抱き締めたかったけど、そこは自重する。
アプローチも女々しいし、愛情表現も男らしくないんだ。今日ぐらい、リードしたい。
「沙弥ちゃん……今日クリスマスだからさ。あのよかったらこれからデートしない?」
絞り出したような情けない声で懇願しているようだった。田村さんは少し黙っていたけど、ちょっとそっぽを向いて、口を開く。
「……アルバイトないからいいよ」
「本当!?」
田村さんの優しさと暖かさか、胸がはち切れそうなほど一杯になる。
にやけた顔が隠しきれない。俺、今世界で一番幸せものかもしれない。
どうしようかな。二人っきりでクリスマス。田村さんの好きなシュークリーム買おうかな。二人で過ごすなら、どこかで過ごすのもありかも。いやでも部屋でもありかな。うう、下心抱いちゃダメだよね……でも抱き締めたいキスしたい抱きたいうううう。
メキメキと何か音が鳴っていたことに気づかないまま、にやけていたら田村さんの悲鳴が耳にはいって我に返る。
「はぁああああああああああああ!?
ベッドが壁から出てきたんですけどぉおおおお!?」
「え? ベッドどこ?」
「バカっ……危ないこっち」
ぐいって田村さんに腕を引き寄せられて、後ろでなにかけたたましい音が聞こえた。それより、田村さんの体に密着してる!
どさくさに紛れて田村さんにぎゅって抱きついた。田村さんの匂いに温もりはもう幸せの絶頂だ。
「ちょ、そーいう意味じゃない。離れて!」
「沙弥ちゃん。好き、大好き。愛してる……」
「お前今それが一番相手の神経逆撫でしてるのわからないのか!?」
相手?誰のこと?
ふと回りを見渡せば、そこには真っ赤な目をした鷹野さんがこちらを睨み付けていた。
……え、これどんな状況?
「クリスマス無事に過ごせると思うなよぉおおおおおおお!!
あははははは! つぶしてやるぶっ壊してやるメリー苦ル死にマスにしてやんよ!!
ホワイトな雪を真っ赤につぶしてやる!!
ざまーみろリア充カップル共、根絶やしにしてやる。
ぼっちなめんなぁああああああああああああああ」
「鷹野さん落ち着いて」
「落ち着け? え? なにそれ勝者の慰め? まじ受けるんですけど
何彼氏いない私はどうぜ終わってるとそういいたいのか!!」
「いやそういう意味じゃぁ……」
「じゃぁ何? 私の誕生日でも祝ってくれるの? はいありがとう
で何? もうなんなの2人で抱きしめ合ってガタガタ震えあがっちゃってさぁ
マジでなんなの? ひどいなぁ一緒に住んでる仲のいい友人じゃない」
ニコニコ笑っている鷹野さんだけど、いっていることは完全に僻みとか妬みだ。震えてる沙弥ちゃんを抱き締め返す口実になるのはまぁいいけど……。
同じ誕生日の早乙女と大違いだ……。
って、早乙女……もしかしてこれの回避を……まさかね。
「唯ちゃーん!! 何やってんの? 僕がいなくて寂しかった?
大丈夫もうあのくそつまんないパーティー抜け出てきたから僕の胸にとびこんで
「一辺しねぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」ちょっとテレビはやめてぇええええええええ!!」
部屋にあったテレビを毟りとるよって、流れる作業をするように急に現れた市ノ瀬に投げた鷹野さん。
これはまずいと田村さんの顔を自分の胸に押し付けて
鷹野さんを睨み付ける。
だけど、鷹野さんの顔の赤い染みを目にして、頭が真っ白になった。
…………なんだこれ。
何で俺は沙弥を抱き締めて、手を握っているんだ?
しかも目の前に血まみれの鷹野がいるし。そうしたら、鷹野がにっこり微笑んで沙弥に視線を向ける。
「沙弥は一緒にクリスマス祝ってくれるよね?」
青い顔して頷く沙弥を止めるようにきつく抱き締め、鷹野を睨み付けた。
今日がクリスマスということは、こいつは今日も俺のだ。クリスマス関係なくこいつは俺といるのが当たり前だ。それを他人の誕生日に邪魔されたくない。
沙弥の手を引っ張りドアノブを回そうとしたが、びくともしない。
後ろの鷹野の高笑いに、ドアをぶっ壊してリビングに逃げ込むが、そこには小虎を介抱する高坂の姿。
俺でも、今日は逃げられないのではないかとびびってしまう。
「リア充をみつけたらーつぶしましょー……。あはっ」
鷹野の暴走が止まるまで、あと○○分。
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