白紙の解答欄
せっかくの実家があるのにも関わらず、全く知らない他人とホームステイをするという行動は、世間一般では少し不思議に思うものだ。私も不安要素があるとは自覚しつつも、早くから自立しようとする心意気には応援したくなる。
あえて手を出さずに見守るのも手だろう。しかし、私の友人はそういうわけにはいかないらしい。大切な家族がいるなら、きっとそうなるのだろう。
彼女は彼女の弟に差し入れを差し出しに櫂木荘という場に足を運んでいました。とても健気で素晴らしいとは思います。思いますが……。
「風来さん! あのね、ご主人様がね、今日も褒めてくれたんですよ!!」
そのご主人様って誰ですか。
ぶっ飛んだ健気さを見せる友人の行く末が心配で、私自身も屋敷に足を運んで見ました。
櫂木荘の見た目はごくごくありふれたマンションなのですが、その住人が普通ではない気がします。
ある少女は買収を好み、ある少女を見かける時は必ず血まみれだったり、予想以上にのんびりしていたり(隣で争いごとが起こっているのにみたらし団子をもくもくと食べるくらいのんびりしてます)、社交性があるようにみえて他人に興味なさそうな男子学生、金髪の女装趣味がある男子生徒……そして、友人の弟。
ただのマンションのはずなのに、何故か武器倉庫に潜入するような、そんな心境になる。実際に武器庫に入ったことはない……夜美の部屋の押し入れをみた時のような気持ちだと思います。
でも、自分なら大丈夫。そう言い聞かせてマンションの玄関にあるインターホンに手を伸ばすと、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには自分より背丈が低いものの、そこそこの身長がある少年……と青年の間あたりの男子学生。
綿菓子のような茶色い髪に、甘いマスクに笑みを浮かべる男子学生は、ちょうど自分が今日用事がある男子学生だった。この櫂木荘の問題児の一人――。
「戌井一真。こんにちは。今、帰ったばかりなのですか?」
「そうですね。風来先生は仕事大丈夫ですか?」
「……今日が日曜と知って訊ねていますか?」
「いやぁ、風来先生ならボランティア活動とかしてそうだなって。あ、もしかして櫂木荘のボランティアとかするんですか? いやぁ楽しみだなぁ」
どこか含みのある言葉に、笑い方。腹のそこではなにを考えているのか……。
思わずため息が漏れそうになるが、この男子学生に弱みは見せたくない。いやな予感がするからでしょうね。ああ、また夜美譲りの論理的でない癖が移った。
「……いえ、今日は別件で訪問させて頂きました」
「別件?」
「はい。夜美の件で、彼女がご主人様と呼ぶ人物は戌井一真。貴方で間違いないですか?」
「ああ、そうですね。彼女おもしろいですよね。素直で可愛いし」
どこからどこまで、私を引っ掛けようとしているのか。彼の言葉を吟味しながら試行錯誤の末、呼び方について注意することに決めた。
「え。彼女から言い始めましたよ」
「…………すみません。ちゃんと確認すべきでしたね」
不覚。
だいたい夜美なら、それくらいするかもしれなかった。だけど、彼女が慕った男がどうしても気になって、来てしまった。願わくば、自主的でないことを祈ったのか。そこまで自覚する暇もなかったということは、余裕がなかったのでしょう。
素直に謝罪すると、戌井一真はいいですよとまた笑みを浮かべる。
やはり、その笑みはどこかぎこちない。本当に楽しいのか、これは……。
「戌井一真」
「はい?」
「少し、素直になったらどうですか?」
「……え?」
他人行儀なのは当たり前だった。高校生にもなれば、配慮をし始めるだろう。
しかし、戌井一真はどこまでも他人行儀な印象が伺える。それは、彼と仲の良い三人と一緒の時でも同じだった。
彼ら相手に他人行儀というわけではないだろう。しかし、どこか一歩引いているように見える。そして、一歩引いた先から、何かを切望しているような。
「貴方は若いのです。もっと、自分勝手になってもいいと思いますよ」
ああ、何でそれに気づけたかわかった。
引いている部分では、何処か似ているからだ。
戌井一真は少し目を丸めていましたが、またいつもの調子で答える。
「そうですね」
それは、きっと心の奥底にはたどり着いていない。きっとたどり着けない言の葉。
ここで、自分の話をすべきなのか。
でも、流す態度も全て彼の固い意思からなるものだろう。
なら、あえて口を出さない方がいいのかもしれない。
この問題に、答えはないのだから。
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