白昼夢カーニバル
「今の平城に近づいたら自殺行為だ」
「機嫌すげぇ悪いよな、最近」
「近寄るだけで殺されるらしい」
「いや、遠い場所でも眼力で殺れるみたいだぜ」
「オズベルトはどうした。今まで平城がキレてたのってアイツのせいだろ」
「オズベルトが何かしたのかもな」
「いや、アイツ一度イタリアに帰ってるらしい」
「マジかよ。じゃあ、誰が平城を」
「私が、なんだって?」
『ひっ!!』
コソコソとウザイ話をしている男子生徒に、イライラをぶつけるように訊ねると、情けない醜態を見せながら、教室から逃げていく。
情けない。オズなら、ケラケラ笑って「君の話以外に聞こえた訳? 君みたいなバケモノ、二人としているわけないじゃない。それくらいもわからないなんて、単細胞も消滅してしまいそうだね。生きてる価値あるの?」……ってああああムカつくムカつくムカつく……。
オズが家に帰って一ヶ月くらいか。初日から何だか変な感じだった。オズにつられて食べていたご飯を一切食べなくなった。オズを追いかけ回して疲れていたからか、帰ったらぐっすり眠っていたのに、全く眠たくない。一ヶ月の徹夜明けってますますバケモノ染みてきた。顔色は変わらないけど、なんだろう。何時か見たことがある顔立ちになっていた。……あ、思い出した。
風来さんに会う前の、何もかもがどうでも良くなった時のような顔をしてるんだ。
雰囲気はピリピリしているし、目付きも心なしか、つり上がってる。口もずっとヘの字だ。
これじゃあ、誰も近寄らないよね。
「……あ゛ー!! 疲れたぁー…」
オズが帰ってくる机やイスの前で、軽く伸びをしてしまう。これを破壊したら、少しはストレス発散になるんだろうか。
いや、きっと違うんだろうな。だって、ここに居るとイライラはしないから。ただ、胸の奥がキュッて握られているみたいで、ため息が我慢できなくなる……なんとなく、寂しいって感情に似てるから。寂しい訳じゃないだろう。
それに、壊したくなかった。この机やイスを壊してしまうと、本当にオズが帰って来ないような、そんな気がしたんだ。
「……うう、さむっ」
教室の窓は開けっ放しで、一ヶ月前とは全く違う温度差に体を震わせた。
オズも、一ヶ月で頭が冷えて、私に近づかなくなるんだろうな。きっと、それが普通なんだから。
体をさすって、くしゃみをしようとした瞬間、身体が急に暖かい何かで包まれた。
重くて、フワフワしたそれは、真っ黒のコートっぽくて、視界を遮られた私はコートに埋もれたみたいにわたわたともがき始める。そうしたら、コート越しにアイツの声が、変わらない憎まれ口が耳に入ったんだ。
「……今、何月だと思ってるの? バケモノは風邪ひかないわけ? どっちにしろ見てるこっちが寒くなる」
「お、おずっ……!?」
もがいて、コートから顔を出すと、オズはいた。
居たんだけど、ちょっとだけ大人びてるように見えるんだ。やっぱり、一ヶ月という期間は長かったんだな。
しょっぱいものが喉から込み上げそうになったけど、オズがブルリと身体を震わせたことで、オズ自身も少しだけ薄着だったことに気がつく。
「お、オズ。これ」
「いらない。バケモノが移る」
「そんなの移るか!!」
「一ヶ月前から全くもって成長してないとか笑えるんだけど。万年ロリ……コンだね、君は」
「話をずらすなよ! お前寒いんだろ? これ」
「いらない」
「風邪ひくでしょーが!」
「視界に入るだけで風邪になりそうなもの見るよりマシだよ」
「んだとこら!」
懐かしいやり取りに、胸の奥が暖かくなる。
なんだかくすぐったくて、嬉しい。なんだ、私、オズのこと嫌いじゃなかったんだ。
コートを脱いで、オズにかけようとするともがき始めるから、前からオズに抱きついて、コートをオズの肩に羽織らせた。
「――っ!?」
「これでいいでしょ。あったかい……ほふほふっ」
なんだろう。
眠たくなってきたなぁ。
「……君って、本当にバカだよね」
遠くなる意識の中、最後に呟かれた言葉と、頭に、身体が包まれたような暖かさに頬を緩ませて、一ヶ月ぶりに私は瞼を閉じた。
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