プレゼントフォーミー
「ーーちゃん、そのポーチ可愛いね!」
「でしょー!彼氏に買ってもらったの!」
「いいなぁ!」
ーーいい、なぁ。
教室で女の子同士、今時の世間話をしているんだとは思う。その話題の中心にいる女の子が手にした淡いピンク色のポーチはたくさん作られていると思われるのに、世界でたった一つだけだと言わんばかりに輝いて見える。
柄にもなく、物欲が込み上げてくるのは何故だろうか。呆然と外の風景を眺めていると、後ろから私を呼ぶ声が耳にはいった。
「夜美ー。水買ってきて。お金は渡すから」
「……使いパシりかよ」
「その方が早いじゃないか。余ったお金でジュース買ってもいいから」
千円札を手渡されてしまった。それを眉をしかめて視線を落とすと、隣の席で本を読んでいる一応恋人である男がしっしっと手をはらう。
「ほら、さっさと行ってきてよ」
なんか、ちがう。
しぶしぶと体を動かして、窓から飛び降りた私の背をにやにやと見送ったオズの目が憎たらしかった。
実際に、窓から飛び降りるなんて芸当ができる私がジュースを買いに行くのが一番早いんだけど。これ、恋人がすることじゃない。
私だって、私だって、愛されたい。本当は、もっと、もっと尽くされたい。
……まぁ、無理な話なんだけどね。
自動販売機前までたどり着いた私は、千円札をそのまま投入して、水のボタンを押した。落ちてきた水を拾って、じっとそれを目にする。
これ、開けて飲んでも間接キス期待する前に毒入りと か疑われて捨てられるパターンか。私が頑張ろうと、恋人らしいことは難しそうだよなぁ。
おつりを取り出して、ポケットに手を突っ込もうとしたとき、ふと頭にある考えが浮かんだ。
このお金で、ジュースじゃなくて、別のもの買ったらそれは残ったままなのではないかな、なんて。
残金は八百八十円。私はそのうち、百十円だけ抜き取って、別のポケットに入れた。
▽△
オズに水を渡して、放課後私はさっさと商店街の百円ショップへとむかった。
オズのお金で買うんだ。ずっと、一緒に持っていけるようなものがほしい。ふと途中で見かけたウサギのぬいぐるみがとても可愛かったけれど、ずっと一緒に持ちあけるようなものじゃなかったから諦めた。
だから、キーホルダーの中で黒い猫がついたものを着かんで、それをレジまで持っていった。
きっと、これがはじめて。
オズが、私に買ってくれたもの。
ちょっとどころか、なんか間違っているかもしれないけれど。どこか私の心が満たされたような、そんな気がした。
「何それ」
「えっ」
黒猫のキーホルダーを買って翌日、携帯につけたそれを指差して、オズは訝しげに訊ねてきた。
オズのお金で買った、とは言いにくかった。オズが渡したお金はあくまで私のぶんのジュースも買っていいよって意味だと思うから。
「……キーホルダー」
「それは見たらわかるよ。誰にもらったわけ?」
「もらって、って……」
「君みたいな着飾ることもわからない女が急に色気つくわけないでしょ? ねぇ、誰?」
椅子から立ち上がって、私の手を、携帯と一緒に痛いくらい掴んできたオズの目は据わっていて、怖い。
どうしたら、どう言えばいいかわかんなかった。なんで、そんなこと聞くかわからなかった。
!私なんか、本当は好きじゃないくせに、なんで。
「自分で、買った」
「嘘つけ」
「本当だもん!!」
「どうせ他の、そうだね……風来にでももらった? やつに似合う安物だね」
「うるさい!! お前がっ……!」
「僕のせいにするわけ? 本当に身勝手な女だよね」
そうだよ。身勝手だよ。
オズが、私になにかくれたらなんて思ってる。
物がほしいわけじゃない。私は、ただ。
アンタが、本当に私を好きだって気持ちが、ほしかっただけなのに。
「そんなにこのストラップが気に入らないなら、捨ててやるよ!!」
オズの手をはらって、携帯からそれを千切りとった私はそれをゴミ箱の中に捨てた。少しだけ目を丸めるオズがどんどん滲んで、見えなくなったかと思えば頬になにか濡れたものが伝う。
「あはっ……化け物は、なにも望むなっていっているんだよね。わかってるよ。望まない。なにも、なにもいらないよ。なんにも、私の手元に残らないもの」
もう、バカらしいよ。全部が全部。
溢れている涙に、オズの目が珍しく泳いでいた。まるで、なんで私が泣いているのかわからないみたいに。
「……かえる」
怯えるクラスメイトを掻き分けて、教室を出ようとする前に机の上にあった、淡い色のポーチさえ、もう恨めしいものになっていた。
▽△
キスはしてくれた。
抱いてくれた。
だけど、それはオズの気まぐれであり、オズの鬱憤を晴らすものであって、私のためではなかった。
オズが、私のためにしてくれたことってなんだろう。
考えるほど、思い付かない。
なんで、私はあんなやつすきになっちゃったんだろう。
私を怯えてないこと? 私に怖がらずに近づいてきたこと? ちゃんと私をみていること? 私も、他の人間と同じように扱ったこと?
それは、そうかもしれない。いや、きっとそうだろう。
でも、だから好きになってそれ以上を望んでしまった。それが、私のダメなところだろう。
「……転校、しようかなぁ」
クロウが、そういやクロウの通ってる高校に通えばなんて言っていた。私を手駒にしたい、というか戦力にしたいだけだけど、それだけ期待しなくてもいい。ただ、衝動に逆らわず、戦えばいいんだ。
そうしたら、オズで苦しむことはない。
「このアバズレ女」
「っ!?」
頭に何かが飛んできてぶつかった拍子に公園のブランコから後ろに転けたかと思えば、私が座っていたブランコにオズが座りこんで、両足を私の両脇の地につけた。
「……」
「何か話せよ」
「じゃあ聞くけど、どういうつもりなの?」
「恋人を心配してここまで来たって言わないと理解できないわけ?」
「嘘だ!!」
「これくらいの嘘見破れなきゃ、夜美じゃないよね」
「私で遊んでいるわけ!? もう放っておいてむがっ!」
オズが私の顔に、さっき投げてきた何かを顔に押し付けてきた。もがく私をオズは見下ろしながら呟く。
「これ、あげる」
「うがっ!? むむっ!!」
「いらないからね。そんな安物」
ブランコから立ち上がっては、さっさと公園から立ち去っていくオズ。私は地面から起き上がって、オズが押し付けてきた袋の中身を開けてみた。そこから転がり落ちてきたのは、私が壊したはずの黒猫のキーホルダーと、ピンクいろのうさぎのぬいぐるみだった。
この、キーホルダー壊して捨てたのに、もとにもどってる。オズがゴミ箱からとりだした?いやあの潔癖性が、そんなことするわけない。それに、このうさぎのぬいぐるみは、百円ショップに……!!
「……はは」
まさか。
あのオズが、あの店に行った?
なんのためか、それは私のため?
「……ばっかじゅないの」
この、胸の高ぶりは、すっごい熱いのは、これが幸せということでしょうか。
それを握りしめながら、私は公園で笑った。
ほしかったものを買ってもらえた子どもみたいな笑顔を、浮かべることができたんだ。
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