ストレートは難しい
「……夏祭り?」
「うん! 明日神社でやるみたいだからさ!」
「知ってる。誘われたしね」
「えっ」
ホームルームが終わった後、明日のビックイベントに誘おうと意気込んだら、片思いの人はすでに先約済みでした。
……私にしては珍しく勇気を振り絞ったのに、こんなのあんまりだ。本当に、ついてなさすぎだろ。
カバンに一通りの教科書とかを詰めたオズがそれを肩にかけて、ニヤニヤとした笑みを私に向ける。
「……で? それが何なの?」
「な、なんにもない! せっかくの日本のイベントだから教えてあげようとしただけだし!」
「それ、余計なお節介だよね」
「うるさいなぁ!! アンタ、誰かとお祭り行くんだからいいでしょ!」
「もしかして夜美はひとりな訳? さみしー」
「……っ!! オズには関係ないでしょ!」
自分の荷物をもぎ取るようにして窓から逃げてしまった。
くそ、くそ! 何で私はあんな奴に惚れてしまったんだ。それこそ一番の不幸だ。
だけど、誰かに誘われるくらいには、アイツモテるんだよなぁ……。
学校から駆け足で家まで向かっていったけれど、オズの周りにいる女の子を想像すると、自然と足取りが重くなって、立ち止まってしまう。
「本当、私にはオズのことなんて関係ないんだよね」
それが、寂しかった。
▽△
翌日の夕方の話。
お父さんがお母さんを丸め込むために私にも浴衣を着てとお願いされた。別にそれくらいならと、お父さんの言うことを聞いたんだけど……まぁ、お父さんの目的はお母さんとのデートのわけで。
真也は、もちろん友達と行っているし、必然的に私は一人になる。
一人になると、ふとオズが今頃知らない女の子と楽しく遊んでいるのかなぁ、なんて思っちゃって、鼻のあたりがツンとした。
ああ、もう。お祭りの日まで辛気臭いのは勿体無い。
お祭りの悩みはお祭りで解決してくれるかも、なんて、また他人任せな解決方法を胸に、家を出ていった。一人で引きこもるよりは、そっちの方がましなんじゃないかなって思っただけだった。
神社に行くまでの道にも、可愛い浴衣を着た女の子がたくさんいた。彼氏といたり、友達といたり。それはそれは楽しそうだった。だけど、私は一人で、どこか浮いているような、心までぽっかりと穴が空いてしまったようだった。
お面を買ったり、金魚すくいをしたり、ヨーヨー釣ってみたり、林檎飴買ってみたり――多分、満喫しているようには見えていたと思う。だけど、やっぱり、虚しかった。
「あれー。夜美じゃん」
「うわ。ブスだ」
「……クロウ、リベン」
ああ、射的ベースにくるんじゃなかった。
さっきから店の人が泣いているにも関わらず、リベンは商品をがっぽがっぽと撮りまくっている。二人共浴衣だし、もちろんのこと祭りを楽しみにきたんだろう。
「つか、あの黄緑の黒髪と一緒じゃねーんだな。ブハハ。ぼっちざまぁ」
「リベン。テメェのタマこの林檎飴でも奪えんだぞ?」
「やってみろよクソガキ」
「まぁまぁ落ち着きなよ二人共」
私とリベンの間に割り込んできたのは、クロウで、なんかあやすように私の頭を撫でてくるもんだから、腹が立つ。リベンはリベンでそれが気に食わないのか、私を睨みつけてきた。
「寂しいからって兄貴にすがりついてきたのか? あ?」
「こら、リーベーン」
「……チッ」
「HAHAHA。もうせっかちだねぇ二人共。それじゃあ好きな子に振り向いてもらえないよ」
そうクロウに言われてしまうと、リベンも私も何も言えなくなってしまう。
クロウは少しだけ、微笑を浮かべて私の手を掴んで、瞳を覗いてきた。
「慌てん坊すぎて地上に落ちちゃった妖精さん。よかったら俺達と屋台回らない?」
「お前、本当職業病だよな」
「俺を惑わす妖精だからいけないんだよって言ったらどうするー?」
「頭打ったのか?」
「HAHAHA。君の魅力でノイローゼ気味って言いたいのかな?」
「本当、どうした……!?」
震えるリベンに、女を惑わせるためだけに吐かれる仕事で聴き慣れた言葉に呆れていたら、クロウの手が、誰かに弾かれていた。そして、痛いほどに私の手を掴んだそいつが、クロウを鋭く睨みつけている。
「……お、ず?」
「クロウ、だっけ」
「これはこれは! 有名なオズベルト・ヴェンチェンツォ様に覚えてもらえるなんて恐縮ですね! ところで、オズベルトさんは今日、誰か付き添いの女性はいらっしゃらないのですか?」
わざとらしい煽り口調を、何で使っているのか。
目を点にさせる私を、オズは背後に隠してケラケラと笑っていた。
どんな顔をしているのか、わからないけど……いい顔はしてないだろう。
「うん。今、見つけたよ」
「えっ……?」
「喜びなよ。君の名前、覚えていてあげる」
オズはそう吐き捨てて、私を引っ張るように神社の奥深くへと足を速める。
私の耳に届かないくらい、クロウやリベンの姿が見えなくなったとき、始めてリベンは口を開いた。
「あちゃー。目つけられちゃったね。参った」
「……わざとか?」
「まぁね。姿が見えたから、ちょっとカマをかけよって。あの男が夜美を利用する気満々だったら、こっちとしても困るでしょ?」
ヘラリ、とクロウは人工的に作られた笑みを浮かべて二人の向かった先を見つめて、呟く。
「本当、どっちも素直じゃないなぁ」
▽△
何で、こうなってるんだろう。
神社や、町の様子が見えやすい誰もいない山中に連れてこられては、座らされて何も言わずただ私の手だけ掴んでる。これ、どんな状況なんだろう。
というより、一つ聞きたいことがあった。
「お、オズ」
「何」
「さ、誘われた女の子、帰っちゃったの?」
そもそも、この祭りにオズは別の女の子に誘われていたはずなんだ。なのに、こんな抜け出して……もしくは本性がバレて逃げられたとかそんなんかもしれない。
「知らない」
「……は?」
「誘われたけど、それに乗ったとは言ってないんだけど。勝手に勘違いしないで」
私は、何を言われたんだろう。
え、と。誘われた、けど。行ってない。つまり……。
こいつ、誘われた女の子の誘い全部断ってんのか。
「お前……モテたい男子に刺されるぞ」
「意味わかんないんだけど」
「だって、お前女の子の誘い断ってんでしょ? なんで」
「ここでもまだわからないなんて流石バカだね」
「んだとコラ」
「断らなかった件は一つあるよ。ここまでいえば、流石にわかるよね」
断らなかった件? え、じゃあ。誘われて断ってないけど一緒にいないって? どんな悪魔だよこいつ。
「……その子、可哀想に」
「はぁ?」
「いや……お前に振り回される女の子は気の毒だなぁと」
「それお前が言……ああ、もういいや面倒くさい」
「はぁ!? それどういう意味……!!」
「君がバカすぎるからでしょ。もっと自覚したら?」
「バカっていうほうがバカなんですばーか!」
「その理論が成り立つなら、君はバカだけど」
「うるさいなぁ屁理屈やろう!!」
「君だって理屈どころか常識すら理解しようとしないじゃないか」
「殺すぞ……?」
「ほら、そうやってすぐ暴力に繋げる。もっと話を理解しようとはしないの?」
「アンタがごちゃごちゃ言うから意味わかんないの! もっとストレートに言ってよ!!」
「君だって、何時も回りくどいくせに」
「どこが!?」
「寂しいくせに寂しいとは言わないし、夏祭り一緒に行きたいくせに行きたいって言わないでしょ」
言い争いの最後に、オズが紡いだ内容には心当たりがあって、言い返せない。というか、そこまで見抜いていたとは思わなくって、顔が熱くなっていった。
薄暗い中、オズはそんな私にニヤリと笑って山中の地面に私の背を押し付けてきた。
「ちょ……!?」
「じゃあストレートに言ってあげる。ヤらせて」
「何でそこだけ!?」
「見事に浴衣着崩れしてるくせによく言うよね」
「それはお前が連れ回したから……!!」
「バカでも伝わるように言ったんだから、素直に受け取りなよ」
「な、ななな」
そういう問題じゃないだろ、そう反抗しようとしたのに、アイツはいい笑顔で言うんだ。
「僕と一緒にいたかったんでしょ?」
何も言い返せない。
何も、抵抗できない。
でも、何処か心の中が満たされていた。
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