ホープ
僕にもちゃんと良心というものはあるみたいだ。
「あーびちょびちょ!!」
そう愚痴を大きい声でいうものだから、やつを恐れているものはだいたい目をそらす。何時もならね。だけど今日は薄いブラウス一枚でスカートなもんだから、雨に打たれて体に張り付いたブラウスが透けて、ピンク色のリボンがついた白いブラが見えていた。
普段なら怯えているくせに、ここぞとばかりに夜美の上半身をじろじろみてる同級生にため息が漏れそうになる。兄さんは寝てるからいいんだけどさ。
「夜美」
「あ? なに?」
「透けてるんだけど。見せびらかしたいの?」
「何が?」
「…………下着が」
「? 服でしょ? 見られていいじゃん」
下着まで服扱いするとかこいつ常識狂ってるだろ。
だけどその発言にまた周りが悟られないくらい歓喜しているみたいだった。同じ男として情けない。
……ま、これ以上は見てられないんだけど。
「見苦しいんだよ。ジャージ貸してやるから着ろ」
「何が目的だ。お前に貸しを作る気は」
「ああもうさっさと着ろこのアバズレ!!」
ジャージを投げつけると、夜美は眉をしかめて僕ぼジャージをじろじろ見ていた。さっさとして欲しいだけど夜美はなかなか着替えようとはしなくて、観念したのかこの場で脱、
「ちょっと待て」
「ヴェンチェンツォ止めるな!! 俺らにとったら死活問題なんだ!!」
「え?」
「ちょっと来て」
「ええ?」
「あああああ!! 独り占めする気かヴェンチェンツォ!!」
「モテ男死ね!! ハゲろ!! 爆発しろ!!」
「呪うぞテメェら!!」
ああ、低レベルすぎる。
夜美の腕を掴んで廊下を進み、階段へと向かう角を曲がり上へと階段を踏み上がっていく。
人があまりこない屋上入口前で夜美の腕を離して、少し階段を下りる。
「ちょ、オズ」
「着替えたら言って。仕方ないから見張ってあげる」
今もなおキョトンとしている性知識がないガキをここで押し倒して、むちゃくちゃにして、僕を求めさせたい。
……いやダメだろ。例え夜美を手に入れたとして、夜美が僕から離れていかないとは限らない。それなら、この立場のほうがいい。
階段の曲がり角から下を見張っていると、もう大丈夫だよ、と上から夜美の小さな声が耳にはいり、肩を落としながら、また階段を上り、曲がり角を曲がると、ブカブカのジャージを着込んだ夜美が、ほんのりと頬を赤らめながら潤んだ瞳で僕を見つめてくる。だから焦って視線をそらすと、夜美が勝手に語り始める。
「なんか、ちょっと頭追いつかないんだけど……ありがと」
「……意味わかんないのに、感謝するとかそれそこ意味わからないんだけど」
「でも、なんか。嬉しかった……かな」
少しだけ、照れたように笑う仕草が視線の端に映って、さらに角度を変えようとすると、階段下から別の甲高い声が耳にはいる。
「あ、オズベルトー! 今日一緒に帰ろー!」
階段下の女は、僕に擦り寄ってきたまぁ……尻の軽い女だった。その声におろおろとし始めた夜美が、僕に質問する。
「い、行かなくていいの? 大丈夫なの?」
これは、夜美自身の自己評価からくる質問だろう。しかも、なんだかんだで僕も心配してる。
だけど、その言葉は本当はいらなくて、でも、やっぱりそれがなきゃ僕は壊れてしまうだろう。
「……そうだね」
夜美に背を向けて、女の元へ行こうとしたら、何か服が引っかかったような、そんな気がして振り向くと、夜美が僕の服のすそを掴んでいた。
「……大丈夫、なのか?」
もし、ここで夜美を犯せたら。夜美を汚せたら。僕は満たされるのだろうか。
夜美を僕のものにしたら、僕は……。
違うだろう。
夜美の手を振りほどいて、僕は夜美を睨みつけたあと、階段を下りていく。
のめり込まないうちに、僕が、本気にならないうちに、さっさと視界から消えてほしい。そして、どこかで勝手に幸せになってればいい。
勝手に笑って死ねばいいんだ。
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