君が隣にいない時
オズがもう直ぐ誕生日らしい。
これはジャックの誕生日がもう直ぐって話を聞いて、アイツ等双子じゃん。え、じゃあオズももうすぐなの? って思いついたんだ! 私って本当勘が冴えてる。
でも、じゃあ誕生日どうしたらいいんだろう?
その日は無理矢理にでもオズに予定をあけてもらうとして……無理なら夜に行くから。何処かの隙を狙うからいい。夜ご飯も盛大にして……まてまてまて。たしか、夕方はアイツパーティかなんかに行くとか言ってた。じゃあ朝方か夜遅くで、そんなに胃にこないものかな……で、やっぱり誕生日ケーキはいるよね。どんなのにしようかな。甘い生クリームたっぷりは嫌かな。ここはオズの腹黒さと同じでチョコケーキとか作ってみようかな。オズ、なにそれって嫌そうな顔するだろうな。で、プレゼントは……。
なんて考えていっていたら、必要になるものは勿論お金なわけで。じゃあそのお金、親からもらったものを使うのか? それとも学業傍らでしてる汚いお金を使うべきか。答えはノーだろう。
できれば綺麗なお金でオズの誕生日を祝いたい。でも、どうやったら綺麗なお金が手に入るんだろう?
「いっ、いらっしゃいませ! ご主人様!」
「夜美ちゃん上手いです。その調子です」
……ということで、お金稼ぎに一番詳しそうな空に相談したら、あるバイトを紹介された。
黒くてスカートの裾が長いワンピースに、真っ白のエプロンにはレースがたくさん使われているメイド服を、着て接待するだけだ。……たった一週間だけ。それも今日が最終日だし、時給は1200円あるし、十分稼げる。何が悲しくて似合わないメイド服なんか着ているか。もうこれオズのためと思ってやるしかない。そうじゃなきゃやってられない。
「もう夜美ちゃん固定客もきてるし、これからもここで働けばいいのにです」
「や、やだよ……なんかパンツの色聞かれたり、おしり触られたり、彼氏いるのかとかポッキーゲームとか……私の肌に合わない!」
「セクハラは脅して金を巻き上げてなんぼです」
「流石空ちゃんだよ……」
「夜美ちゃーん! 指名きたわよー!」
「ひっ!?」
「しかもプライベートルーム。がんばってねー!」
「ある程度まではおさわりが許されるビックルームじゃないのですー。稼いでるねですー」
「いやぁああああ!! あそこ一週間以内なら送られないって言ってたじゃない!!」
「それはそれ、これはこれ、ですー」
「そんなぁ!!」
「さっさとしろ新人!!」
「ひぃっ!!」
こ、ここは治外法権か……? なんで皆私を怖がらないんだろう。いや、知らないっていうのもあるんだろうけどね! それ以上にメイドも客も目がぎらぎらしてるから怖いんだよー…。ああもう帰りたい。帰って寝たい。
このメイド喫茶は部屋が二つあって、一つは開放的で、喫茶店と変わりない部屋模様になってる。でも、今はじめて呼ばれてしまったプライベートルームはメイド一人、客一人のふたりっきりの状態。まだ他の人がいるから恥ずかしいこともできるのに、何でたった一人の前で恥ずかしいこと言わなきゃならないんだ。さらにプライベートルームはいい噂をきかない。メイドが客イケメンだからキスしたとか、逆に無理やり迫られたとか……。そのプライベートルームは結構お金がかかるみたいだから私は大丈夫かなーなんて思ってたんだけど……それに、指名なんて入りたてはほぼないって言ってたし……なのにあるんだけどねチクショウ!!
大きな扉の前で大きく深呼吸を一回して、三回ドアをノックしてみた。だけど返事がなく、もしかしたら帰ったのかなぁ、それともあんまり話さない人なのかもと淡い期待を抱きながら扉を開いてみると、私の目に真っ先に入ってきたのは、いい笑顔のオズだった。
「やぁ、夜美」
「…………ふぉっ!? おっ、オッ!?」
「何そんなに驚いてるわけ?」
洋式の客間みたいな広い部屋の中、二つ向かい合わせで配置されてる奥のソファーに腰掛けていたオズが、こちらに歩み寄ってきて、ドアをしめる。呆気にとられていた私を上から下までじっと観察していたから何事かと同じようにオズの視線の先をみると「あ、そういや私メイド服じゃん」なんて思い出し、こんな可愛らしい服を着てるってバレてしまって、そう思うと途端に顔から火がでそうな位熱くなった。
「やっ! 見ないで!!」
「なんで? ここってそういう店でしょ?」
「み、……そ、そうだけど……!!」
「それに、今日は客としてきたんだ。ちゃんとおもてなしをしてよね、メイドさん」
それはそれは皮肉まじりに、どこか苛立ちを含めたような言い方だったし、いつもより笑顔が張り付いているような気がする。……私は何かしてしまったかな、なんて不安もあったけどオズの言うことももっともで、……それでも、オズに聞かれるとか、見られるのは恥ずかしくて、視線を逸らしながら、少しだけ俯いていつものフレーズを口にする。
「おっ、おかえりなさいませ……ご主人様……」
「……まぁいいや。ほら、先にメニュー注文してきてるんだから食べさせなよ」
「は?」
「は? メイド如きが主人に逆らうわけ?」
オズはどこか不機嫌みたいで、さっき座っていた場所に乱暴に戻った。机の上にあるケーキと紅茶がオズの言っているものらしいし、今は逆らわないほうがいいのかもしれない。オズの機嫌的にも、経営の問題的にも。
オズの横に座らせてもらって、ケーキの皿を手に取り、フォークでケーキを刺し、オズの口に運ぶ。
あ、やばい。これすっごく恥ずかしい。
「ごごごごごご、ゴシュジッ! ……ご主人様、ああ、ああ。あー…ん、して、ください……」
「ガキか」
「んだと!?」
「あーあ。ここはロリコンが集うカフェなのかな」
フォークの先のケーキを平然と口にしたオズがそのまま小馬鹿にしたように嘲笑う。
私、何かしてしまったのだろうか。何っていっても、最近バイト続きでオズに会うこともほぼなかったし、怒らせるようなことなんて一切してないはず。
「で、ここでこーいうこと、ずっとしてたわけ?」
「や、ここまではしてな……つかどうやって私がここで働いてるって知ったの?」
「空だよ。アイツ金さえ積めばなんでも教えてくれるからね」
あのやろう。約束だって言ったのに。
金に負けた脆い友情に泣きかけてしまったけど、ふとまた疑問が浮かび上がる。
金さえ積めば、じゃあ、オズは私の居場所を空に聞いたってことになる。
あの私を毎回鬱陶しがっていたオズが? 私を探して? しかも、こんなところまできてくれたの?
それは、私を心配してくれたのかななんて、思い違いにも程があるけれど、でも、やっぱり嬉しいものは嬉しかった。
思わず頬が緩んでしまったら、オズは気に入らなそうに私を睨みつける。
「……何が嬉しいわけ?」
「オズが来てくれて、嬉しいなって」
「ハッ……他の客にも言ってるの? それ」
「……? オズだけだけど」
「本当、君ってそれ計算でしてるわけ? なら褒めてあげるよ。本当尻軽のビッ」
「私が計算できるほど賢いと思う?」
「…………」
失礼な話だけど、オズが言い返せなくなったみたいで、むすっと口を結んでしまった。なんだか今日はそれが可愛くって、思わずオズを抱きしめてしまう。
「オズ、今日まで頑張ったよ。明日たのしみにしていてね」
「……明日? なんで?」
「オズの誕生日でしょ?」
「それはそうだけど何で楽しみになんか……あー…まさか、祝うためだけにここで働いてるわけ?」
「そうだけど」
はぁ、とあからさまにため息をつくオズにまたカチンとしてしまいそうだったけど、どこか機嫌が直ったオズの横顔を見ていたら、イライラなんかふっとんでしまう。
「余計なことしなくていい。いつもどおりの君じゃないと、気色悪い」
それは、いつもどおり一緒にいても良いってことなのかな。
そんなおめでたい解釈も、今日ぐらいしていいよね。
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