不接近希望
「好きです! 付き合ってください!!」
廊下を曲がろうとしたら、突然耳に入ってきた男子生徒の告白。相手は一瞬目に入った、見慣れた黒髪をポニーテールの女だった。
下らなくて、青臭い告白現場を目撃しただけなのに、心臓が自分でも驚くほど脈だっていた。そして、アイツがその告白に答える。
「……ごめんね。好きな人、いるんだ」
夜美の答えは予想外だった。幾分心拍数が遅くなっていたけれど、それでもはじめて知った夜美に事実に苛立ちがつもりつつある。
夜美が予想以上に必要にされていたこと、そして、僕が知らなかった夜美の気持ちが煩わしくて、その場を後にした。
けれど、正直言ってあの女と一緒にいる時間が長いのは、おそらく僕で、このあともきっと僕に近づいて来るのだろう。
可哀想で孤独な化物がよって来ているだけだと思っていたのに、今ではそれさえムカつく。
何で? なんでなんだろうか。
キッカケは夜美が告白されているところを見つけたから。じゃあ、何で夜美が告白されたらイラついたんだ? それは……夜美が、他の誰かに求められていたから? 僕以外にかまう相手がいたから? いいや、ちがう。
……じゃあ、なんで夜美が好きな人いるって聞いて、こんなに動揺しているんだ?
夜美が告白されたら動揺して、他のやつが好きだと聞いたらムカつく。この条件から出せる答えは、僕は夜美という玩具をとられたくないだけなのだろうか。
「いた! お前熱中症になるよ!?」
けたたましく開かれた屋上の扉に眉をしかめて振り向くと、いつも通りの夜美が仁王立ちしてからこちらに歩み寄ってきた。何時もなら煽ってさらに怒らせるところだけど、今は夜美の顔なんか見たくなくて、その場を立ち去ろうとするけど、夜美が僕の腕を掴んで水が入ったペットボトルを差し出す。
「ほら、水分補給!」
「……余計なお節介なんだけど」
「いいから! お前は他のやつより軟弱なんだから飲め!」
無理やり突きつけられたペットボトルを受け取らざるを得なくなり、しぶしぶとペットボトルの蓋を回す。どうやら新品ではなかったみたいで、量も思ったよりはすくない。
「……毒でも入ってるんじゃないの?」
「はぁ!? んなわけないでしょ! ちょっとかして!」
ちょっと毒を吐いただけなのに、夜美はそれを鵜呑みにして、ペットボトルに口をつけて一口だけ、水を飲み、そのペットボトルを僕にドヤ顔で差し出す。
「ほーら、ないでしょ」
「……バカなやつ」
「バカってなんだよ!!」
キーキーと猿みたいに怒る夜美なんか気にしないで、ペットボトルの水を少しだけ飲んだ。予想以上に喉が渇いていたみたいで、水が体の隅まで行き渡っているような感じがする。だけど、それ以上にペットボトルの口に意識がいってしまうことが忌々しくて仕方が無かった。
「あのさ、」
「? どうしたの?」
「……バケモノの好きなバケモノって、何?」
ポカン、と目を丸めて首を傾げる夜美。ああ、尋ね方がちがうのはわかっているけれど、これ以上にわかりやすく言ったら僕が気にしているみたいじゃないか。そうじゃない。ただ、バケモンがどんなやつを好きになるのか、気になるだけだ。
「さっき、好きな人いるって聞こえたからね。バケモノが好きになる相手とか、話につかえそうじゃない?」
「あ、あ? 好きなひ……あー! あれか。ま、いるといえばいるよ」
「風来? 趣味悪いね」
「風来先生ではないけど、風来先生を馬鹿にするなよ! あの人は本当に、すごい人なんだから」
イライラする。胸の奥がムカムカする。そうならば、さっさと風来のところに行けばいいんだ。何で僕の近くにいるんだ。これじゃあ、僕だけ空回りしているみたいで、僕だけ振り回されているみたいで……ああ、すっごい尺に触る。
「……なら、さっさとその好きなやつにアピールでもしたら?」
「してるけど」
「は? じゃあ何で僕といるわけ? 誤解招くだけでしょ?」
「誤解……?」
「ああ、嫉妬して欲しいんだ! 僕と君が一緒にいるところをみてその相手にヤキモチやいてほしいんでしょ? なかなか策士だねバカのくせに」
苛立ちが言葉に還元されて、溢れ出していく。そうだけど、そうじゃない。
本当は、本当は、本当は……。だけど、その言葉だけは絶対に言いたくなくて、無理やり奥へと押し込んでいると、夜美の手が僕の服を掴んだ。夜美は僕がみたこともないような、女の顔をして僕を見上げるものだから、息がつまる。
「ねぇ、じゃあオズはヤキモチやいてくれてるの?」
「……はっ……?」
「ねぇ、私が他の男のところに行ったらイヤ?」
「な、何でそういうわけ? そんなわけないでしょ? 僕はお前なんか……!!」
「私、オズのことが好きだよ。私は他の人なんか考えられないけど、オズは私が他の男と付き合った方が嬉しいの?」
純粋無垢な眼で、まっすぐに見つめられて。
ただ、じゃあ他のやつと付き合えよって言えばよかったのに、夜美自身の意思ではないってことになる。つきあったとして、それは僕のためという解釈になってしまう。
言葉が、でない。答えられない。答えたら、自分のアイデンティティーが、プライドが崩壊する。
夜美はそれをわかっているかのように、僕に微笑んで追い打ちをかける。
「オズ、好きだよ」
なんで、僕ばっかりが振り回されなきゃいけないんだ。
prev / next