ホンネクエスチョン
私には、何もない。
他の女の人に比べたら、色気もないし、可愛くない。優しいわけでも、お洒落なわけでも……これといってない上、さらに気味の悪いバケモノであり、人殺しである。
他の女なんて選びたい放題なのに、アイツは私を選んだ。何故か、私を奥さんにした。その印に、私の薬指にはオズがくれた指輪がはめられていた。
バケモノと知って、ありのままの私を受け止めて、それでも求めてくれたのはすっごいうれしいし、そんなところが好きになったのは認める。だけど……。
もう、限界なんだ。
「オズのアホ! 何で……何で! そんな堂々と浮気なんかするんだよ!!」
もしかしたら、私ならどれだけ浮気しても何も言わないとか思って結婚したのかもしれない。それだったら、もうおしまいなんだろう。
だけど、何で他の女の残り香を漂わせるオズに毎回抱かれなきゃならないんだ。一緒に居なきゃいけないんだ。なんでこんなに私だけ我慢しなきゃならないの。
私がバケモノだから? そうだよね。だけど、だけど……オズが居ない時はずっと一人で家にいるんだ。お前が私は家を任せたから、自分に出来ることは一生懸命やり遂げているはずなんだ。なのに、お前ときたら毎回遅くに帰ってくるし、他の女の影を隠そうとはしないし。お前にとったら私なんかその程度なんだろ!?
「……アホって、鏡みて言ったら?」
さっきまで目を丸めていたオズだけど、今度はすこしだけ眉をしかめて、小馬鹿にしたように私を罵ってきた。
ごめんって言ってくれたら、もし、私を見てくれるって言ったら、私の不満は解消されたはずなのに。何処にぶつけてもいいかわからない衝動を、なくせたかもしれないのに。
ただただ、私の喉から、肺から這い上がってきたモノは乾いた笑い声だった。
私はただのわがままなのだろうか。でも、でも……私は、期待していたんだ。
それでも、私を選んでくれたんだから……私を一番に思ってくれているって、勝手に望んでいたんだよ。
「お前にとって……私は、その程度なんだな」
「だから何? 君のマイナス思考には付き合いきれない。さっさと」
「……ああ、そうだ……ね」
「……夜美?」
「別れよっか」
完全に固まったオズに、私は最後に笑って、その場を後にした。
きっと、オズにならすぐに他の相手くらい見つけられるだろう。結婚といっても名前だけで正式な手続きなんてしていないんだ。
だから、もうこれは必要ないよね。
自分の薬指から指輪をはずして、玄関に置いて外へ出る。オズが何か叫んでいたようにも聞こえたけれど、私は聞きたくなかった。最後まで、大好きなオズに罵られたくなかった。
その後の記憶は朧げだ。
走っていたように思えるけれど、この気持ちをぶつけるところが何かわからなくて、ひたすらに地面を蹴っていた。そして、いつの間にか空から雨が降っていて、今も私を濡らしていた。
視界が鮮明に映ってきたころには、私がたどり着いた場所が船の港だったことに気がついた。私は海にでも沈みたかったのかな。まぁ、海の中では再生しても苦しいだけだ。這い上がることは難しい。私に相応しい生き地獄かもしれない。
どんなにあがいても、地上でも幸せになんかなれなかったんだ。なら、海に沈んでも同じだ。
ふらつく足で、海へと進んで行こうとしたら、進めなかった。左腕が重くて、なんだろうと後ろを振り向いてみると、膝に手をついて、咳をしてる黒髪の男。
「……え」
傘もさしてないから、びしょびしょだ。でも、なんでここに? 走ってきたはずなのに。こいつ、普通に走ってもノロマ……人間の平均かどうかくらいなのに、私に追いつくことなんてないはず。どうやって? というかなんで傘さしてないの? 風邪ひいちゃう。ダメ、そんなこ……。
黒髪から覗くエメラルドのような瞳が、私を鋭く睨みつけていて身動きがとれなくなった。オズはくすくすと笑いながら、本当の蛇みたいに私の手から腰に、また肩にとふれて、私を抱きしめて、耳元で囁く。
「僕から、逃げられるとでも思ってるの?」
オズの顔が、抱きしめられていて全く見えない。ただ、ぎゅって、強く、離れないんじゃないかってくらいに抱きしめられていて、こんなことはじめてで私も動揺していた。
だけど、私の腰に触れていた手がまた左腕を掴んで、左手に重なって、薬指を血が止まるほどに掴む。
「ねぇ、浮気して欲しくないんでしょ」
「……!」
「なら、ここで誓ってよ。絶対に僕を裏切らないこと、僕以外考えないこと、僕だけしか求めないこと。そうしたら……お前のワガママにつきあってあげてもいい」
少しだけ私から離れたオズが、私の左手に何かを握らせた。そして、選択肢なんてわかっているとばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「ほら、決めなよ」
どうせ、お前は私の答えなんて分かってるくせに、急かすんだな。
それでも、私を見てくれるなら、私だけを、見てくれるなら。
こんなに幸せなことはないだろう。
再度はめた指輪は、前のモノよりもさらに生々しくて、二度と外せない鎖のようにも見えた。だけど、前と変わったのは、これだけじゃない。
「オズ」
「……何」
オズの胸に雪崩るようにもたれ掛かったけど、オズはそれを支えてくれて、今まで言い出せなかった言葉が、やっと言えるような、そんな気持ちになれた。
「私以外を、抱かないで」
「……本当、バカだね」
オズの唇が重なった瞬間、心がふっと軽くなるようなそんな気がした。
これが、幸せなのかもしれない。
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