完全敗北者
「しょっ、勝負だ!!」
「はぁ……また?」
ある昼下がり、水色の絵の具をぶちまけたみたいに綺麗な青空の真下、屋上にて私は仁王立ちして、オズに宣戦布告をした。
オズはまたかとため息をついて、私を面倒臭そうに見上げる。
「……前は双六、この前はババ抜き……いい加減こりたら?」
「私が勝つまでやる!!」
「何時になることやら」
鼻で笑ったオズが、そのまま手にとってる本に視線を移す。完全にバカにされた態度が腹立たしくて、私はオズの手から本をもぎとった。オズは気にくわなかったらしく、今度は忌々しげに私を見上げてくる。それに負けじと、私は胸を張って堂々と口にした。
「今回はじゃんけんで勝負だ!」
「…………はぁ? ガキだガキだ思ってたけど……そこまでだったんだ」
「うるさい!! じゃんけんだって反射神経と勘を使った勝負だよ。それとも、負けるのが怖いの?」
オズをその気にさせるには、最後のセリフがいいと学んだのは最近のことだ。私以外だとあしらうんだろうけど……コイツ、私を完全に格下だと認識しているようで、簡単にのってくれる。いや、これ恋人として結構辛いんだけど。
「ふーん。ま、三回勝負ならいいけど」
「よし! じゃあ」
「でも、ただのじゃんけんはつまらないよねぇ?」
ニヤニヤと口角を吊り上げて、舐めるように私を見上げるオズに、何故か寒気がした。大丈夫なはずなのに、風来さんにじゃんけんの必勝法聞いたはずなのに、何かしでかした感が拭えない。
そのままオズに腕を引かれて、オズの真隣に腰かけてしまって、オズが私の後頭部に手を回して、おでこ通しをくっつける。
「最近、くだらない遊びだろうけど、キスじゃんけんが流行ってるらしいよ」
「……はっ!?」
「最初は普通にキスして」
そう口にしたオズが、何でもないように軽く唇を重ねる。唖然とする私に、オズは続けた。
「今の状態がスタンダードで、ぐーの場合は口をきゅっと閉じる」
そう言って、少しだけ固くなったオズの唇が、私の唇に一瞬触れて、また離れる。
「ぱーなら、唇を挟むみたいにキスする」
そして、硬直した私の唇を甘噛みするように、オズはキスをした。
「……で、チョキは唇を割り込むみたいにして、キスする」
そう言って、オズは私の唇に舌をねじ込み、また一瞬で離した。
一瞬なのに、糸が軽く繋がって、恐ろしい。
「あれぇ? もう降参?」
「はっ……」
「それとも負けるのが怖いの?」
ニヤニヤとしながら、私に挑発するオズは、数刻前の自分のセリフなのにさらにうざい。
負けたくない。負けたくない。負けたくない……?
「こ、怖いわけないし!」
ドクドク脈立つ心臓に合わせて、体がピクピクと反応していた。そんな私を、オズはじと目で見てきたけど、まぁいいかと呟く。
「じゃんけんっていう変わりに指で三拍子合図してあげる。三拍子目で、ぐーかぱーかちょきを出せばいいんだ。夜美でもわかるでしょ?」
「わかるわ!!」
「あっそ。じゃあするよ」
そう言い残して、オズが何でもないように唇を重ねる。手の甲にオズの指先が、ちょこんとのって、小さなリズムが作られた。
ドキドキして、頭がぼーっとする。だけど、まだ、大丈夫。
タン、タンとオズの指先が手の甲をノックして、三回目に私はパーだろう口の形をした。瞬間、オズの舌が直ぐに割り込んできて、私を押し倒して口の中をぐちゃぐちゃにかけまぜる。
オズの舌が、私の舌に絡み合って、熱くなって、ボーッとしてきた時オズの舌が引き抜かれた。さっきより糸は長く繋がっていて、ぷつんと切れた頃にオズはニヤリと笑う。
「僕の勝ち」
ああ、くそ。
こんなんじゃ、結果は目に見えてるじゃないか。
二回戦目するよ、と私を起こしたオズが唇を重ねるけど、また直ぐに離した。
「ねぇ、最初から口が開いてるけど、いれて欲しいんでしょ?」
くすくすと確信犯は笑う。
もっともっと、そんな確信犯が欲しい私は、視線を下に移してしまった。そして、オズが耳元で囁く。
「本当はこうして欲しかったくせに」
オズは私を青空へと向き合わせる。そして、青空をバックに不敵に笑ったオズが、私の上にまたがった。
ああ、また完敗だ。
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