自我崩壊スケジュール
その感情は、体験したことないものだった。
いつ頃からだろうか。自分でも驚くほど、アイツが僕の置くまで侵害していた。
考えることは、アイツのことばかり。今頃何をしているんだろうか。バカをやらかしているんだろうか。また失敗をやらかしているかもしれないね。泣いてるかもしれない。苦しんでいるかもしれない。どんな表情でも想像するのは胸が熱くなる。
逆に、他の男と話しているのかとか、思っているんだろうかとか考えると胸がムカムカし始める。自分がするならまだにしろ、他の野郎にその権利はない。
そんな考えを日常的に行っていたことに、僕は自覚してしまった。それは、とても不快なものだった。
考えないようにだってした。他のことに夢中になろうともした。だけど、油断したら脳内に思い浮かんでくるアイツの笑顔に、 苦しみをぶつけてぐちゃぐちゃに歪ませたくなった。
「オズ!」
不意に名前を呼ばれてしまうと、喉から心臓が跳び跳ねたみたいになる。そして胸が熱くなる。その自分の変化に、僕は嘔吐してしまいそうになる。
小さな女は、黒い髪をポニーテールに結んで、それを左右に揺らしながらこちらに駆け寄る。
この感情がなんなのか、分かっているんだ。だけど、認めたくない。
兄さんと共に居るときのような感覚を強制的に感じさせるコイツを消したくてたまらなかった。
「あのね、えと、これ!」
無理矢理胸に押し付けられた色気のないタッパー。指先が自分に触れているだけで体の芯まで麻痺して、身動きを封じられてしまう。
そのタッパーの中には、余ったお菓子なのだろうか、シュークリームがいくつか入っていた。そのタッパーを掴む手が震えてしまう。そして、夜美は照れ臭そうに笑った。
「口に合うと良いんだけどね」
ああ、気が狂いそうだ。
気持ち悪い。気持ち悪い!
何で、コイツはこんなことができるんだ。ねぇ、何でだよ。
『好き、だよ』
ふと、脳内に夜美がかつて口にした呪いの言葉を思い出した。熟れたような赤い唇で、懇願するような、潤った瞳で、頬を紅潮させながら口にしたおぞましい言葉。
嬉しい、嬉しい。
ちがう、気持ち悪い!
うざったい。うざったい!!
どうせ、どうせお前だって、僕の金が欲しいんだろう!? それとも顔かな? あははははっ!! 滑稽だね! お前は偽善者を働きながら僕を利用してるにすぎない利己的なバケモノだ!!
この感情は鬱陶しい。消えろ。消えろ消えろ消えろ……!!
「オズ、大丈夫?」
そんな時、心配そうに僕の顔を覗き込んだ夜美の瞳と目があった。
瞬間、頭の中が真っ白になった。身体が、全てが夜美を欲していて、小さな体を潰れるほど抱き寄せて、唇に噛みついて、全部全部全部、僕のものにしたかった。
だけど、僕の意識はそれを許さない。そして、また自分が狂っていくことに恐怖した。その恐怖をかきけすために、夜美が渡したタッパーを開いて逆さまにした。もちろんシュークリームは宙を描いて地面に落ちる。目を丸めた夜美に、僕の足で踏み潰されたシュークリームが映る。
「……余計なこと、しないでくれる」
冷たく言い放つ言葉に、夜美の瞳が潤っていく。その姿が、何よりも楽だった。
苦しんでいる夜美の頭の中は僕しかいない。そして、僕は僕であり続けられる。
それさえも、自分が可笑しくなっていくことに気がつかず、僕は高笑いを続けた。
途切れることなく、永遠と……。
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