四月馬鹿進行中
「ねえ、君って僕のこと好きなの?」
オズが急にそんなことを訊ねてきた。
私やオズが一人に、……違う。私はオズに会いたいがためにこの屋上に訪れる。その場所でオズは私の目をじっと見つめて、そう訊ねてきた。
その瞳は一切揺らぐことがなくて、今すぐ反らしたいのにそれすら許してくれないような、そんな力強い視線でこちらを見つめてきた。
そんな瞳に、私という存在が映ることは人生の生きがいといってもいいほど嬉しいことだ。だけど。
「……そんな、わけない」
私は、嘘をつく。
目をまん丸にさせたオズには情けない私の表情が映し出されていた。
力強い瞳から解放されて、オズの口が開く前に私は屋上から身を投げ出した。言い換えれば、その場から命懸けで逃げ出したということだ。
この思いがオズに伝われば、私の恐れていることが起こる。それだけは避けたかった。
▽△
「最近、あの男とあまり共には居ないのですね」
「……まぁ」
「シバもジオも喜んでいましたがね……しかし、気味が悪いものです。今まで殺し合いだろうと、それに隠された気持ちがあろうとも共にいたものが急に会わなくなる……恐ろしいことの前触れでなければいいのですが」
恐ろしいことの前触れ、そう耳にして私は視線を落としてしまった。そんな私の様子を見下ろす歩実だったけど、大して興味もないんだろう。オズが読んでいた心理学の本を、歩実も読み直していた。
……オズの言葉に答えたら、オズはなんて反応したのだろうか。
罵るだろうか。嫌われるだろうか。それとも私の気持ちに答えてくれる? それはないかもしれない。
でも、どっちにしろ、悪い方にしか転ばないんだ。
私が原因で傷ついてきた人を何人も見てきた。そして、私のせいで苦しんでる人を、何百人も見てきた。
真也だって、守ろうとしたら逆に嫌われた。飛鳥ちゃんは壊れてしまった。
もし、万が一の可能性だけど、私の思いを受け入れたとして、それを利用しようとするやからもいるだろう。そんな辛い思いオズにはさせたくない。今でもいろいろかわいそうなやつなんだ。
そうなんだよ。アイツはそれでも前を向いてるし、苦しんでない。でも、私は後ろ向きで、馬鹿で、なにしてもうまくいかない。私なんかより……もっと、もっと綺麗で、優しい人がお似合いなんだ。
「貴女は、一生誰とも付き合いもせず、結婚もせず、こどもも産まず、本当に孤独に生きそうですねぇー」
「うっ」
「貴女は受身すぎます。というかそこまで卑下してなにを求めているのです? この書物には相手に好かれたいから自分を下げていると書かれているのですが、好かれたいのですか? それともシンデレラ症候群ですか?」
「……悲劇のヒロインぶってなんかない」
「ほう。知っていたのですか」
「……オズがこの間、それで馬鹿にしてきたから……」
「ない脳みそも繰り返したらやはり覚えるのですね」
脳みそないわけじゃないし。そう言い返そうとしたら、歩実に胸ぐらを掴まれてしまった。そのまま引き寄せられて、歩実のおでこに私のおでこが重なる。
「貴女には、欲がないのですか」
「……」
「あるでしょう。元は人間なのですから。人間なら、欲にまみれなさい。それが人間なのです。化物であるかもしれませんが、貴女は残念ながら化物でも、人間でもないです。貴女は孤独なんですよ。だからこそ、貴女はワガママであるべきだと思います。欲を隠す人間なんて反吐がでます。貴女にだって、欲はあるでしょう。ほら、言いなさいよ。ほら!」
けたけた笑いながら、それでも怒りながら歩実は私を促した。
それが苦しくて、今まで溜まってきたものが全部怒りとともに喉から吐き出るように、私は部屋いっぱいに欲を響かせる。
「そりゃ、私だってオズとラブラブしたいよ!! 一緒に居たい! ずっと居たい!! だけどね! それじゃ、だめなんだよ! それ以前に私はオズのこと大好きだから大切にしたいの!! 傷つけたくないの! 私なんかといたら……オズは、おずはくるしむ!! だから……だからっ! 私なんかが、オズに近づくわけにいかないの!! もうほっといてよ!!」
「……だそうですよ。ああ面倒くさいですね貴女たちは」
パッと胸ぐらをつかんだ手を離した歩実のせいで私は地面に尻餅をついてしまった。そして顔をあげると、こちらを冷めた視線でみているオズが、いつの間にかその教室にいた。
呆気にとられてしまうけど、自分の告白に自覚して一瞬顔が真っ青になるけど、リスクを思い出し、今度は真っ青になってしまう。そんな私を歩実はオズ以上にどうでもよさそうな顔をして、教室から出て行った。
教室から出て行った歩実と入れ替わるように、私に近寄ってくるオズが、口を開いていく。
「誰が、傷つくって?」
「……」
「誰が、苦しむって言ってるの?」
言ったのにも関わらず、少し怒りが含んだ口調でオズは私に訊ねてくる。その言葉に返すこともできず、オズの瞳を見る前にその場から逃げだろうとしたら、オズが私の腕をつかんだ。
「逃がさないよ」
「……やめて」
「ねぇ、図に乗らないでくれる」
「離しっ」
「だから、調子に乗るな」
きつい言い方で、溢れる涙をぐっとこらえた。だからか、喉がとてもしょっぱい。
ああ、これで全部終わりなんだろうなぁ。嫌われてたら、二度と近づくなって言われる。身の程知らずと罵られてバイバイかな。どちらにせよ、私は二度とオズの側に近づけない。そして近過ぎたら、オズが苦しんでしまう。
そんなことを考えていたら、両頬を掴まれてオズの顔に向けられた。オズは呆れたような表情をしていて、それでも私を小馬鹿にするように告げる。
「……ばっかじゃない? 君なんかに傷つけられるわけないし、くるしむわけないでしょ?」
「ば、ばかって……!!」
「馬鹿は馬鹿でしょ。馬鹿は馬鹿らしくいつもどおり、言い返していたらいいんだよ。馬鹿は余計なこと考えるな。余計面倒くさくなる」
そういって、私の両頬から背中に腕を回して、オズの胸に引き寄せられた。
オズの胸の中はすごく暖かくて、もうオズの言われたとおり、なにも考えたくなくなる。
春の日にお昼寝するような、そんな安心感に包まれているようで、今までの緊張がふっと切れて、眠たくなった来た。
「ねぇ、君は僕が好きなの?」
そんな問いに、寝ぼけながら答えるほどに幸せだったんだろう。
「……うん。好き」
夢の世界に旅だった私を、オズはそっと抱きしめてくれた。その拍子に私は口角が緩んでいて、胸の中でそんな顔をしている私を見下ろして、オズはぼそりと呟く。
「……馬鹿じゃないの」
同時刻に、私たちを見ていたアイツもそんなことを考えていたのは、類は友を呼ぶからかもしれないね。
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