桜幻境地
『明日の夜十一時、〇〇広場に来てみなよ。面白いもの見れるかもよ』
携帯越しから愉快そうな男の声が耳に入ったのは五時間前だろうか。
高校から離れた人影の通らない場所だ。逆に喧嘩等チンピラの集い場でもある。実際に僕の携帯に電話してきた奴も不良が大半を占める心桜(しんおう)高校の奴だったしね。
なんでそんな奴と知り合いなのか。それは夜美と中学が同じだという奴が、夜美が気に入った男を見てみたいと僕に接触してきたからだ。
アイツのことなら何でも知っている風の口の聞き方は気にくわなかったが、夜美の弱点等面白い情報を流すメリットがあったからこそ、今まで付き合ってやった。
だけど、真夜中にこんなへんぴな場所に呼び出して何をする気なのだろうか。短剣を懐に忍ばせては居るものの、油断は大敵だ。
その広場へと近寄る度に、バカの笑い声がだんだん大きくなっていった。いくら人が誰もいないからといって、側に誰か通れば不思議に思うほどだった。
そして、その広場に顔を覗かせてやっと原因がわかった。
夜桜の下、大きなブルーシートに数人の男と女がケラケラと笑ったり、何かを飲んでいたり食べていたり……つまりは、お花見最中だろう。
その中でゃく見かける女がこちらに気がついたのか、靴も履かずに駆け寄って僕に抱きついてきた。
「おずだぁーー!!」
「酒くさっ!! お前風来に怒られるぞ!?」
「おずはめっしないのー?」
「何がめっ、だ!!」
「んん、もっとだっこぉ」
「止めろド変態!!」
僕と夜美のやり取りを見てゲラゲラと指差して笑っているのが僕に連絡を寄越したクロウという金髪だった。夜美に酒を与えたのもアイツだろう。やっぱり面倒臭い奴だった。
すりすりと頭を身体に擦り付けてくる夜美からなんとか逃げようとしていると、頬に冷たい手が滑った。毛虫が背筋をすり抜けたみたいに身震いして、その手の主に顔を向けた、そいつは妖艶に唇を弧に描いた。
「お兄さん綺麗ねです。私と遊ばない? です……」
銀髪に空色の瞳の女は、まぁ顔はかなりいい。だけど、知らない女に触られているというのはなんとも気持ち悪くて、今すぐ顔を洗いたくなった。
だけど、その手から逃れられるくらい強く反対側の腕を組み引っ張ったのは涙目になった夜美の姿。
「おずはわたしのなのー!! そっちいっちゃだめ! めぇっ!!」
「羊ちゃんねです。お子ちゃまより私の方が楽しいわよ、です」
「おこちゃまですがちゃんとしてることしてますー!! ね、おず。ちゅー! ちゅーして!」
「キスで大人とか笑えますねです」
「いいのぉお!! でもおずがわたしのはきまってるんらからぁ!!」
「何時決めたのです」
「いちゅでもいまはわたしのなの!!」
「だまれ」
「なんどでもいうもん! おずはわたしっ……!?」
うるさいから、唇を塞いだまでだった。
一瞬でも重ねてやれば、夜美は呆然と何も口にできなくなる。その間に銀髪の腕を払って、夜美の腕を掴んだ。
そんな様子をニヤニヤと見ていたクロウが口にする。
「面白いもの、見れたでしょ?」
何が面白いものだ。
お前が面白いものを見たかっただけじゃないの?
そんな言葉を飲み込んで、ただ鼻で笑ってやった。
次はお前に目にもの見せてやる。そう伝えるつもりで嘲笑った。
そして、それだけ見せつけた後、桜の下でトロンとした瞳に桜のような頬をした夜美をひいて、闇の中に紛れていく。
のちの話は、ご想像に任せるとしよう。
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