自我崩壊スケジュール
「顔だけはいいよな。平城って」
「背ちっちゃいけど、可愛いよな」
ふと、そんな話題が耳に入ってきた。
学校の廊下から、僕は校庭を見下ろした。その視線の先ではまだ女子が体育の片付けをしている姿がある。きゃぴきゃぴした女子の中、ひとりで黙々と片付けをしている夜美の姿はいつも通りだった。
「すげぇ怖いって噂だけどさ、風来先生にはあんな感じだし、意外といいやつなんじゃね?」
「それいうならお前行ってこいよ! 俺は応援する。今までありがとうな」
「ちょっ、お前殺すなよ!!」
珍しい。他の奴がヤミを見るなんて。
そう平静を装っているけれど、奴なら誰であろうと、自分を嫌いにならないなら懐く女だとわかっていた。だからこそ、僕なんてすぐ眼中になくなるのではとふいに思い浮かんでしまっていらだちが募る。
ああ、くそ。夜美なんてどうでもいいのに。
女子が体操服のまま女子更衣室へと向かっていく中、さっきの夜美を見ていた男が何故かそわそわと誰かを待っていた。そんな様子をすっと後ろから睨みつける。そして女子の大群が女子高室に入っていったあと、最後にアイツが帰ってきた。
そいつが夜美に話しかけようとする前に、それを遮って僕が夜美の前に立ちふさがっえて夜美の手を引っ張った。
目を丸める夜美に、男まで夜美と同じ反応をしていて、それさえ腹が立つ。
夜美のスピードなんて考慮せず、進めるだけ進み、廊下を曲がったところで夜美を壁に押し付けて逃げ道をふさいで、唇を重ねた。
びくりとふるえた夜美が僕を突き放そうとしたけど、肩を壁に押さえ付けて抵抗するなと行動で表すと、夜美は諦めたのか抵抗はやめる。ただ、逆に体を小さくさせるようにさせた。
鼻腔をくすぐらせるのは、しょっぱい汗の匂いで、薄手の体操服ごしに夜美の体型を確認すると夜美は体を震わせる。
さっきの男たちは、そういや夜美をかわいいとか言っていたな。
これをみたら、そう言えるのかな?
唇を離して夜美の顔を見下ろすと、潤んだ瞳を上目遣いで向けてきて、赤く濡れた唇をすこしぽかんと開き、頬は桜色に染まっている。
幼さが残る顔つきに、こんな表情をうけべられることを知っているのは僕だけだ。そして、その顔を向けられているのも、僕だけ。
そう思うと謎の興奮に身を支配されたような気がする。
「ねぇ。しようよ」
「……はっ!? こ、ここ人に見られる……!!」
「見られなかったらいいんだ」
「ち、ちがっ……!!」
真っ赤になって視線を外す夜美が気に入らなくて、着替えなんて許さないまま僕は人気のない場所へと向かっていく。
どうせこのまま放課後なんだ。体育館倉庫も使われないだろう。いや、部活の奴らがくるかもしれないけど、その時はその時だ。
にやける頬が抑えられず、ただ前に進むことだけを考えていると急に腕を進行方向とは逆に引っ張られた。それが誰かわかっている。さっさとやりたいのに、何で邪魔するのかと後ろを振り返ったら、夜美がおずおずと僕に訊ねてきた。
「ど、どうしたの?」
「……別に、何もないよ」
「いや、何かあったでしょ?」
「ない」
「あった」
人の心の奥底まで見透かすような、そんな顔が気に入らなくて、その視線から外して僕は体育館倉庫へとまた歩み始めた。
夜美はその場所にたどり着いて、何をされるのか感覚的には理解しているんだろう。それなのに抵抗しないこいつは、他の男にも愛想を振りまいているのではないかとまた苛立ちが募る。さっきの男も、もしかしたらたぶらかしたのかもね。
「何があったかわかんないけどさ、私はオズと一緒に居たい。だ、ダメか……?」
後ろで、戯言が聞こえた。
ほら。こうやって僕までたぶらかそうとするんだろ。
「やるだけの関係でも?」
「……それでも」
「なにそれ? 君って、何が目的なの? 君の意思はどこ?」
「……アンタと居たいってのが、私の意志だ」
「はっ……僕以外でもいいくせに」
「さっきから意味わかんないんだけど。だいたい、オズ以外いないよ」
ああ、止めろ止めろ。
どうせ嘘だろ? もしくは僕のご機嫌取り? 信じられないんだよ。
なにより、君の言葉を信じられない自分も、信じられなくなる。
気持ち悪い。うざい。ああもう最低な気分だ。
だけど、それ以上にこの胸を包み込む暖かさ、快感にも抗えない事実も信じたくない。
夜美の手を引っ張って、体育館倉庫に着くなりマットに夜美を放り投げてその上にまたがった。でも夜美は、僕にしか浮かべないだろうなだめるような笑顔でこう僕を惑わす。
「好きなんだよ」
この複雑怪奇な感情を、どう表したらいいのか。
自分がさらに壊れてしまいそうになる前に、僕は夜美を嘲笑ってその服に手を伸ばした。
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