リバースワード
あの風来馬鹿が、学校を休んだ。
あれほど病気と無縁なやつはいないだろう。つまりサボり。
同じクラスの空白の席をただ肘をついて眺めていた。兄さんを見ていたほうが有意義なんだけど、どうも奴が休みってのも引っかかる。
……明日、あいつをみたらいじめてやろう。
そう決心しているうちに、放課後になってしまった。兄さんは見失うし、ああもう最悪だ。だけど、その元凶だろう人物が職員室からでて、こちらに顔を向ける。
なんだ。学校に来てたんだ。で、職員室にいたってことは風来とずっと一緒だったわけかな?
ふつふつと苛立ちがつのって、一回罵倒しなきゃ気が済まなくなる。そしてアイツに詰め寄るために歩み寄ると慌てた様子でなんか口を開いていた。
「ちっ、近寄って!!」
「……はぁ?」
「そう! うあ、そうなの!!」
半べそかきながら逃げようとする夜美の腕を掴むと、夜美は腕を振り払った。その様子が気に食わなくて、もう一度掴んで僕は夜美を引っ張る。
「近寄ってって言ったなら、いいじゃない」
「そう。あう、だから、私、病気じゃなくて」
「……だから、今日サボりで風来に怒られてたんでしょ?」
「そう! ああああもうううう!!」
さっきから、変な違和感がする。だいたい、夜美が僕に近づいてっていう時ははっきりとはいわない。おずおずと、こちらの様子をみながら遠慮がちにいう。
人が少ない、むしろだれも来ないだろう屋上に辿りついて、僕は夜美に向き直る。
「何があったの?」
「え……」
「落ち着いて、ちゃんと話して。君が馬鹿でも僕は理解力あるんだ」
普段なら、きっと怒るだろう。だけど夜美はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「今日、竹松にクスリ……盛られてない。で、反対の意味の言葉……言わない。どうしたらいいかわかる……」
反対の意味の言葉。そう耳にしてやっと理解できた。この違和感だらけの会話もやっと本当の意味を理解できる。
つまりは、夜美は竹松に薬を盛られて反対の意味しか言えなくなっているってこと。さっきは近づくなっていってたのか。
「風邪の一部でないみたいだから、オズ近寄らないとうつらないかも。だから、近寄って……」
「へぇ。それ、近寄ったらうつるんだ」
「なんで離れる!? 近づけ!!」
「君が近づけって言ったからでしょ?」
「そう! でもお前意味理解してないだろ!? だったら私にちか……」
屋上から聞こえる怒鳴り声は聞こえなくなっていた。
それはそうさ。僕がその口を塞いだんだから。
唇が重なるということは、きっとその風邪かなにかがうつるかもね。
夜美が目をかっと開いて僕の胸を突き飛ばす。そして、真っ赤の顔をして、また怒鳴り始めた。
「天才かお前!? うつらないって言ってないだろ!? ああしかもちゅうしないなんて! この天才! 誠実!! 男たらし!!」
「最後のは、反対って意味だ……意味でもなさそうだね」
どうやら、本当にうつってるみたいだ。僕は言葉を選ばない馬鹿に近づいて肩を掴んだ。びくりとふるえた女が、ゆっくりと僕を見上げる。
「今日、君が学校来て寂しくなんかなかった。いつも通りだったしね。ほかの男に何されてないか知ってるけど、……もう少し警戒心持ったらどうなの?」
誰よりも馬鹿で、正直で、だからこそ厄介な女の頭を軽く小突いて僕は離れた。
今日は興ざめだ。油断したらいらないこと言いそうだしね。今日はおとなしく退散することにするよ。
だけど、君の心をかき乱すことくらいいいよね? 今日、君が僕にしたみたいにさ。
「大好きだよ」
今のは本当かな? 嘘かな?
最後に言葉は逆の意味で言ったほうがいいよと言ってアイツの前から姿を消そうとしたら、アイツは扉を閉めるギリギリで言葉だけ僕に残していく。
「私はお前が大嫌いだ!!」
……知ってるよ。
ああでも、夜美のくせに生意気だから、治ったらいじめてやる。
鼻歌でも歌いそうな気分の中、僕はそう決めた。
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