氷上偵察ガール
冬って言ったら冬のレジャー施設が狙いどころだよね。そうクロウは控えめに笑った。
恋人たちのデートスポット? いいえ、暗殺スポットです。
ボスから手渡された任務。相手はある企業の重役だった。そんな重役が何のためにすけーととやらに行くのか私には検討つかない。そもそもすけーととはなんだろうか。すかーとの一種なのだろうか。
クロウがそんな私に苦笑し始めたから、思わず眉をしかめてしまう。
「何?」
「もしかして……とうより、夜美はレジャースポットとかほとんど行ったことないよね」
「……遠足で動物園と水族館と、あと風来さんの警護で博物館とか美術館には行ったことあるし」
「え。彼と?」
「風来さんとはそういう仲じゃない」
「だよねぇ。どちらかというと、君はオズくんのことが好きでしょ」
クロウは偽物の笑みを貼り付ける。それはピエロみたいで気持ち悪かった。こんな笑顔に騙される女や男は何を見ているのか。
オズ、フルネームはオズベルト・ヴェンチェンツォ。高校の時、一緒のクラスだった男の名前だ。仲が良かったなんて口が裂けても言えない。
目が合えば互いに罵倒した。体が触れるより刃を交えたことの方が多いだろう。
そんな仲なのに、私の心の奥底まで見透かそうとするクロウの目から視線を外すと、クロウは少し声のテンションをあげる。
「ともかく! 今度、その標的がそのレジャー施設に行くんだ。たまには夜美自身が偵察に行きなよ」
「は? わ、私だとなんか外見がって」
「戸籍も保険証もちゃんと作ったじゃない。偽物だけどバレナイバレナイ」
「で、でも」
「残念だなぁー。そのレジャー施設の近くにある温泉があるんだけど」
「!」
「その温泉の旅館に予約いれたのになー」
ちらりとこちらを見下ろしながら、にやにやし始めるクロウ。
ああ、こんな見え見えの餌に釣られるなんて、私も相当な馬鹿なんだろう。
「……行く」
私の答えに、クロウは満足そうに私の頭を撫でた。
▽△
手順は簡単だった。親御さんは? とも聞かれず難なくすけーととやらに来れた。
氷の上に靴に刃を装備したもので立ち続けている男女に家族連れ。そんな様子を細めで見ながら、あたりを偵察し始めた。
周りで身を潜める場所。人ごみでもいいかもしれない。でも、ここは目立つな……いっそ氷の下にもぐるか。
ならととりあえずどこからか穴を作るかと少しすけーと場から離れようとしたら何者かがこちらに接近してきた。警戒しながらも振り向くと、頬に何かが付きたれられる。
「ぼっちで寂しくすべるのを眺めてたのにどこ行くつもり? もしかして滑られないの?」
頬を凹ませているのは、黒い髪を三つ編みに結んでいる男だった。
呆れた表情は何処へ。すぐにいつもどおりのニヤニヤした笑みを浮かべる。
私の恋人であるオズベルトだ。
互い殺すために付き合い始めた普通ではない関係だけでなく、この状況も普通ではなかった。
何でこんなところにいるんだと口を開こうとしたら目の前の男はくすくすと笑い始める。
「夜美は相変わらずダメな子だねぇ」
「うっさい! つか、なんで」
「ココにいるんだっ……て? ハハハ! 化物のクセにお決まりのセリフとか笑える! でもユーモアセンスは皆無だね。自分で反応作れないと。ああ、夜美みたいな化物は人間が受けるユーモア考えられないかな?」
「うざあああい!!」
「返しもガキっぽくてもう笑えるんだけど!」
「う、うう。ううううう……」
「何? 反応考えてみたの? で、何も浮かばないから言い返せないって? くすくす。本当馬鹿なほど可愛いねぇ。かわいいかわいい」
「オズもかわいい!!」
「やり返しのつもりだかしらないけど男にかわいいっていわないでくれる? 気持ち悪い」
こいつに口喧嘩で勝てたことなかった。ならば実力行使だともこもこしたポンチョとやらから武器を取り出そうとしたらその手を掴まれて腕を引かれてしまった。
ぱちくりと瞬きを繰り返す私はオズはこちらを振り返らないで前に進む。
「君の保護者に君がここにいるって聞いてね」
「……は?」
「下見でしょ? 少しくらい滑れるようになったほうがいいでしょ? ほら、もってきてあげたから履き替えな」
ほいと足元に投げ捨てた刃のついた靴。そして、脳内に浮かんだのが金髪の忌々しい男の顔だった。
いらないことしやがって……帰ったら絶対しばいてやる。イライラしながらオズの言うとおり滑れたほうが暗殺しやすいだろう。靴の通りに履いて、立ち上がる。立ち上がるに至っては難しくなかったけど、オズに腕を引かれて氷に足をつけた瞬間つるりとすべって後ろに倒れた。上からオズがケラケラと嘲り笑って私を見下してくる。
「ほんとに滑れなかったんだ。無様な格好」
「……だまれ」
「へー。うるさい僕なんてどっか行ったほうがいいかな? じゃあね」
氷の上をすべっていくオズ。苛立ちを募らせながらも壁に手をついてむりやり立ち上がった。ああ、こんな氷壊してしまえば簡単なのに。
ふとオズの方角に顔に顔を向けると、オズに視線をむける女共が視界に入った。そういや、人間受けしやすそうな顔だもんな。
足取りも定かではない。ああもう、嫉妬で泣きそうになる。壁を掴む手に力がこもった時、オズではない誰かがこちらに近づいてきた。
「き」
「本当ダメダメだね」
その間に割り込んできたオズ。私に近づいた男なんて眼中にないように手を出してきた。
「仕方ないからエスコートしてあげるよ」
手袋をした手に、思わず手を乗せたらもう片方の手、ではなく二の腕を掴まれて中央の方へと滑っていく。ちょっと得意げに男に視線を向けたオズが、すぐさま私に顔をむける。
バランスも上手く取りにくい中、思わずオズに倒れそうになったけど、何時もなら避けるくせに、今度は私を抱きしめてくれた。
「滑れるようにしてあげる。その代わり、お礼は旅館でたっぷり貰うからね」
オズの胸の中で、思わず服を掴んでしまった。
今だけは、このままでいてほしい。そう願って、オズに身を任せた。
何で旅館にお前まで泊まってるんだとか、お前もなんで同じ部屋なんだとかはあとでクロウに問い詰めることにしよう。
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