オズ夜美こらぼ番外編 | ナノ


愛欠乏症


 クリスマスとか、正月とか忙しかったくせに、また忙しい季節になってしまった。
 街はハートとかピンク色に染まっていく。今までは血祭りの季節かと納得していたけれど、どうやらちがうみたいだ。
 バレンタインという行事は好きな人にチョコを渡す。普段の気持ちを伝えるとか。私みたいな化物だけど、行事ごとに関わってはいけないというルールはなかった。
 海外では、男性が女性に花束を差し出すか、ご飯をおごったりするとか。そういえば、私を暗殺組織かなんだに勧誘してきているクロウは毎年バレンタインを狙って重要人物殺していたなとか思い出す。いやいや、今はそうじゃない。
 そのバレンタインという行事に、私も現を抜かしてしまった。こっそりとカバンから取り出した自分で包装したチョコに眉をしかめる。望月の目をかいくぐり校門からではなく裏門から侵入するのは私だけでない。

 このチョコを差し出す相手は、忌々しいオズベルトだった。だけど毒なんてはいってない。だいたいあいつを殺すときは毒なんて小賢しいものより素手と決めているいや、そんな問題じゃないけど。
 情けないことに、私はオズを好きになってしまっているみたいだった。とにかく、こちらをちょっとでも振り向いてくれたらなって思ったから、作ってしまった。
 だけど、教室に行くなりオズがしかめっ面で机の中から上にチョコを何個も取り出していく。教室に私が現れたからか、何人か息を飲んだ。それに気がついたのか、オズはこちらに顔をむけてにやにやし始める。

「夜美じゃない。なにそのしかめっ面」
「お前も同じ顔してたよ」
「僕が? へー。僕のこと見ていたんだ」

 何時もなら私を小馬鹿にするけど、人の目があるからか挑発するような言葉を口にする。そんな言葉に惑わされそうになってその場から逃げようとしたら、さらに愉快そうに笑った。


「図星で逃げるんだ」
「図星なんかじゃない!!」
「そんな大声あげて本当ですって言ってるもの……」
「帰る!」
「……それはそれは。他の生徒の平和のために是非おかえりくださいっと」

 他の生徒には少し一目置かれたオズをぶん殴ってしまったら、印象も悪いし、なにより風来さんに怒られて一日が潰されてしまう。今日だけは、潰されたら困る。
 拳を握り締めて教室を後にした。大股に歩いていくけれど、どうもムカムカが止まらない。
 そんな時、頭に何かが投げられた。ぽろりと髪から落ちたのは白い……消しゴム?
 顔を上げたら、女子三人組み(ケバい)がこちらを睨みつけながら手招きしている。この反抗的な態度が珍しくて、のこのことそちらへ向かったら壁に叩きつけられた。え? まじ? このこ達度胸ある。

「アンタ、オズベルトさんと仲がいいみたいね」
「あ、姉貴に何かしたら警察か風来先生呼ぶからな!」
「深藍、黙って」
「あうう。ごめんなさい!」

 何が起こっているんだろうか。目を白黒としているとリーダー格の女の子が巻いたブロンドの髪を自分でときながら、私に宣言する。

「私は、べつに貴女にオズベルト様にチョコを渡すなとか、諦めろと言いにきたのではありませんわ。宣戦布告をしに来ましたの」
「せ、ん?」
「姉貴のチョコはまじだからな!! フランスのパティシエに作らせた特注品なんだぞ!!」
「深藍、うざい」
「ひいい。ごめんなさい!」
「ということで、貴女にそのチョコを食べていただこうと思ったのですわ」
「……え? なんで?」
「実力を見せ付けるためですわ。ほら、庶民が食べられることなんて滅多にないものです。一口食べなさい」

 高飛車な女にむりやり勧められたチョコ。毒はいっててもべつにいいやとさっさと口に放り込んだ瞬間、息が止まった。
 そんな私の様子に満足した女が、その場を後にする。

「それでは、いい勝負をいたしましょうね。平城夜美さん」
「姉貴にかなうわけないけどな!!」
「深藍、死んで」
「はうう!! 死にたくないです!!」

 最後の声が聞こえないくらい私の頭はこんがらがっていた。
 こんなに美味しいもの初めて食べた。私が作ったものなんて、こんなチョコ食べたら、きっと……。


▽△


「ねぇ。帰るとは行ったけど、本当にサボるなんてどうかしてるんじゃない? あれだけ大切な風来センセに怒られちゃうよ? それとも風来センセにチョコ渡した? へーおめでとうロリコンと両思いだね」

 お昼休み、屋上へ向かうとそこには何時も通りのオズがいた。そんなオズを直視できなくて視線をそらすと、それが気に入らないのか立ち上がって私の顔をむりやりオズの方へ向けられる。

「図星なの?」
「……風来先生には、渡してない」
「……ふーん。じゃあ、なんで怒らないの? 君の大切な風来を馬鹿にしたのに」

 ああ、そこまでわたしは人の言葉が理解できてなかったのか。
 苦虫を噛み潰したような気分になる。
 だけど、逃げたくはなかった。だから、私は……。
 そっとカバンからチョコをとりだして、オズに差し出す。
 帰って、一度買いに行った一番美味しかったチョコを。
 オズは目を丸めたけど、次第に目つきが鋭くなって、こちらを睨みつけていた。

「……これ、何?」
「チョコ」
「そう」

 それを受け取ったオズが、ぱっと手を離した。地面に落ちたそれを思い切り踏み潰したオズがうっすらと笑みを浮かべてこちらに射抜くような視線をむける。

「いらないよ」

 やっぱり、ダメかぁ。
 今にも泣き出したくなった。だけど、オズ相手になく姿なんてみせたくなくてむりやり気丈にふるまう。

「そ、うだよねぇえ? あんなに女の子からチョコもらってるし? あ、毒でも入ってるって思った?」
「何それ嫉妬かなにか? 見苦しいったらありゃしないんだけど。というか、弟に手作りあげて気持ちわるいんだけど」
「はっ……は!? なんで知ってる!?」
「べつに関係ないじゃない。ああもう目障りだ。どっかいってよ」

 私から視線を外したオズ。背中からちがうと訴えたかったのに、それが出来なかった。
 私の、チョコなんて渡したところでコイツはまずいと思うだけだ。きっと。

「……わかって、るよ。もうアンタの前には現れないよ!!」

 屋上の扉を破壊して階段をかけ下がった。その時、あの高飛車な女が何事かとこちらを見ていた。きっとオズを探していたんだろう。綺麗に包装されていたチョコを手に持っている。
 ああああもう!! バレンタインなんて大嫌いだ!!


▽△


「それで、逃げてきたのですか?」
「そーだよ悪かったかよ!!」
「そんなことありませんよ! 俺のテリトリーである保健室に来たってことは俺に気が」
「ないからな! あと襲ってきたら殺す!!」
「……ははは。夜美さんは相変わらず血の気が盛んで。あ、飲んでいいですか?」
「近寄ったら殺す……!!」
「あああその目いいです。感動ですはぁはぁ」

 本気で興奮してる実先生。保健室は今居留守中にしてくれているあたり、気をつかっているんだろう。そんな実先生がココアの入ったマグカップを差し出してくれた。それを受け取って口にすると、口の中にほんのりと暖かくて甘い味が広がる。実先生はその様子を満足そうに微笑んでいた。

「落ち着きましたか?」
「ま、まぁまぁ……」
「それはよかった。ところで、俺に不満とかぶつけてくれませんか?」
「え」
「俺、ドMですから! 俺を不満の相手だと……思わなくても、思っても構いません。ただ愚痴を聞かせてください! 罵詈雑言バッチコイ! ですよ!!」

 にこやかに笑う実兄さん。私は黒いココアの水面に映る情けない自分を見ながら、少しずつ胸の中のくろぐろとした感情を吐き出していった。

「あのね、オズがね、たくさん女の子からチョコもらってたの」
「はい」
「でもね、そのチョコすっごく美味しいの」
「……ほう」
「でも、私だって、一生懸命つくったんだよ。オズ甘すぎるの苦手だからビターにしようかなとか、湯煎の仕方とか、ちょっと美味しくしようと」
「……」
「普段素直になれないから、手紙だって書いた。振り向いて欲しかった。だけど、それも全部凌ぐくらい美味しかった。だから、怖くて、渡せなかった。かわりに、買ったの上げたの。だけど、踏まれちゃった」
「踏まれた……それはひどいですね」
「……私、嫌われてるのかな」

 当たり前の問だ。こんなの嫌われてるという答えしかない。 
 実先生はベットに腰掛けた私の目線とあわせてなだめるよに口にする。

「大丈夫。嫌われてないですよ」
「……えっ」
「それを俺が証明してみせます。なぁに。夜美さんの笑顔のためなら俺は何枚でも脱ぎますよ」

 意地悪く笑った実先生が、保健室から出ていった。
 オズに何かいいに行くつもりなんだろうか。無駄に決まってる。あんなこと言ったばかりなんだ。
 だけど、これからオズに話しかけることすらできなくなるんだろうかと、近寄れなくなるんじゃないかなと思うと喉がしょっぱくなっていく。
 ああくそ、最悪の気分だ。
 ベットに腰掛けたまま自分が作ったチョコをとりだした。包装をびりびりに破いて箱を開くと、トリュフが六つ並んでいる。床に叩きつけたい衝動にかられたけど、それを一粒食べることでこらえた。
 ああ、ほろ苦い。だけど甘い。
 口の中でゆっくりと溶けていくチョコに、ポロリと頬に涙が伝った。だけど、あのチョコに比べたらまずいんだ。
 ベットにうつぶせになって唸っていると、保健室の扉が開いた。実先生が帰ってきたのかと顔をあげようとしたら、すたすたと一直線にこちらに近づいた足音がして、ベットがぎしりと軋む。真上にはオズが呆れたようにこちらを見下げてきた。

「……何泣いてるの。弱虫」
「お、ず? あっ!」

 私の手にあった箱を奪ったオズが私が止めようと口を開く前にさっさとトリュフを一口食べてしまった。状況が読み込めない私の目に、次々にトリュフを食べて完食するオズの姿。空になったチョコを脇に置いてぺろりと自分の唇を舐めたオズが私に馬乗りになって、唇を塞いできた。

「ふぅつ!? ん!?」

 キスというよりは、すぐに舌を割り込まされた。チョコのほろ苦い味に身を引きそうになったけど、オズが顔を固定して逃げられない。舌をとにかくすったり、歯をなぞったりして、私の口の中まで食べられている気分だった。
 やっとオズの舌から開放した時には、頭がくらくらしていた。そのまま私のブレザーを脱がせようとしたオズに慌てて手を抑える。だけどオズは気に入らなそうに私を見つめた。

「何? まだ食べきれてないんだけど」
「食べきれてないって……」
「そこのチョコ、僕にでしょ。でも一個夜美が食べたじゃない」
「……は?」
「もらえるものは、全部もらわないとね」

 さっきあげたチョコ踏み潰したやつが何言ってんだ。そう反論したかったけど、オズは私の耳元で囁いた。本当に小さい声で、私でも聞こえるかどうかの声で囁く。

「あのチョコも、いちおうもらっといたから」
「……え?」

 どういう意味だ。
 だけど、オズは何か思いついたのか私のカバンに手を突っ込んであるものをとりだした。淡いピンク色の手紙は手にする人間に差し出すもので、オズは楽しそうに私に差し出す。

「これ、読んで」
「は、はぁ!?」
「僕に、でしょ?」

 にやにや笑うオズに、私は逃げられないことを悟った。ああ、これも全部実先生のせいだ。きっとそうなんだ。
 べつの意味で泣きそうになったけど、オズに急かされて封筒から便箋をとりだして、オズに組み敷かれながらそれを朗読していった。
 手紙だからと調子にのっていろいろ書いてしまった恥ずかしい文章を朗読し始める。

『オズへ
 私が、手紙を書くってへんかもしれない。だけど、これだけは伝えたかった。だから、書かせてもらう。
 私は、オズのこと嫌いだった、だけど、いつの間にか私をちゃんとみてくれるオズが好きになってた。毎日喧嘩してくれることが、嬉しくなってた。もっと一緒にいたいって思えた、大好きって思えた。こんな気持ち、初めてなんだ。もっと、私はオズを好きでいたいし、もっと喧嘩もしたい。もっとそばにいたい。もっと、もっと……!!』

 大好きになりたい。
 振り絞った声で最後の単語を読んだ時にはもう顔が真っ赤だった。
 オズの顔なんてみる暇はない。
 オズからは何も聞こえないけど、しばらくしてからぼそりと呟く。

「なら、もっと溺れなよ。それじゃあ、足りない」
「そ、れって……」
「あと」

 オズの答えを期待した時、オズの顔が至近距離に近づいた。唇がぶつかりそうなその距離に体が震えるけど、オズは私に言いつける。

「君のモノサシで、僕をはからないで」
「……は?」
「僕以外の人間の言ってることで僕を定義つけないで。いい迷惑なんだよ」

 イマイチ理解できていない私に面倒くさそうにオズがヒントを付け加えてくれた。
 君が作ったチョコのほうが、味が好みだったと。
 その発言に、思わず笑みがこぼれた。そのまま涙まで頬を伝う。

「うん。わかった」
「……わかれば、いいんだよ」

 そのまま、オズの唇が私の唇に重なった。
 オズの首に腕を回して、もっともっとと甘えてしまう。 
 オズはそれに答えるように、私を抱きしめてくれた。
 
バレンタインのキスは、苦くてとても甘いだけど、とても胸がいっぱいになるキスでした。

 


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