データー全消し本能
ほら、バッチコイ!」
「あはは……。
あのね、私……オズベルトになにかされたみたいなの」
私は、オズベルトがだいっきらいだ。
まず、あのニヤニヤした顔がムカつく。理解する前に畳み掛けるように語る口がウザイ。人を小馬鹿にした態度も許せない。
薬か何かでショタになっているみたいだけど、アイツだけは論外だ。全く……同じ顔でもジオって人の方がいい。
それに何より気に入らないことは、私の心をかき乱す悪趣味。
だから、私はオズベルトが嫌いだ。
▽△
綺麗な、青空だった。
台風が通り過ぎたみたいに、澄んだ青はナニモノにも変えられない価値ある存在に見えて、私なんかが見上げちゃいけないような気がする。
だけど、屋上から空を眺めずには居られなかった。
「……はぁ」
自分は、ちっぽけな存在なんだなぁ。あの空なんかに比べられない程、汚ならしい。
一人でいると、どうも悲観的になる。自己嫌悪に陥りながら、視線を下に下ろすと見慣れた黒髪が、ブレザーの女のコと話していた。
化物だから耳がいい筈なのに、声が聞こえない。
化物だから目がいい筈なのに、視界が揺らぐ。
ドクドクと脈だった心臓を抑えて、フェンスから後ずさった。
なんだ、この気持ち。
重い? 苦しい? 苦い? しょっぱい? 息苦しい?
また、アイツの仕業か。私に、何かしたのだろうか。こんな心臓と気管を鷲掴みにされた感覚――知らない。
気持ち悪い怖い嫌だ。
口を抑えて、また一歩後ろに下がると、何かにぶつかった。一歩足をフェンスに踏み出し、爪先を軸にして百八十度回り、それを見上げた。
「こんなところで、どうしたんだ?」
「……ジオ」
「はは。そんな警戒しなくても、嫌がる女性に手は出さない。嫌がらないなら、別だけどな」
そう言って、憎いアイツに良く似たジオは私の頭を撫でた。
頭に撫でられるのは、好きだ。凄く安心できる。
目を細めて、視線を落とすとジオが私に訊ねた。
「何か、あったか?」
「……え」
「君の兄とは何時も仲良くしてもらってる。だから、君も私の大切な人だ。さぁ! 遠慮なく言ってくれていいぞ!」
腕を広げて、大きな声を出すもんだから、少し笑ってしまった。
この人は変だなぁ。私なんかに話しかけて……。
なんか、穏やかな気持ちになれる。
「……うん。じゃあ、お願いする」
「いいぞ! ビシリ、と体が硬直したジオ。ダラダラと汗を垂らし始めたジオに気づけず、続けてしまう。
「さっきね、アイツとブレザーの人と話をしてるの見て……気持ち悪かった。心臓が、握り潰されてるみたいで、苦しかった……アイツは、黒魔術でも使えるのかな」
「そ、それは……」
「私みたいな化物に黒魔術って、それはそれでアイツも化物染みて、」
唇に、人差し指が当てられた。ジオは気難しそうにしながら、これ以上言うなと呟く。
驚いて言葉を無くした私の肩にそっと手を置いたジオは、私を屋上の床にそっと寝転がした。
「……アイツは、止めた方がいい」
「え」
「それなら、私の方がいい」
あ、れ。
何で、私のブレザー脱がそうとしてるんだ。コイツ。
思考停止。完全に頭が真っ白になってて、ジオを見ていたら、後ろに黒い影がぬっと現れた。
「何してるの、このロリコン」
「あでッ!!」
思いっきり回し蹴りをジオに食らわせたソイツはジオのマウントポジションをとり、金色の髪の毛を凄い引っ張ってる。
「君にはテッソが居るんじゃないかなー? ただでさえ脳みそすっからかんなのに、あの化物に殴られてすっからかんになるの目に見えてるのに何してんの? バカなの? 死にたいの?」
「私はっ、慰めよ、いやぁああああああごめんなさいごめんなさい許してぇええ!!」
「くすくす。どーしよっかなぁー」
「オイ」
第二まであいたボタンを気にせず、私は学ランから木刀を取り出してジオに股がる黒髪の男、オズベルトの首筋にあてがった。
「止めろ」
「……庇うんだ。へぇー」
「その人は、私を慰めようとしてくれたいい人だ。だから、」
「慰める? へぇ」
こちらに首を回す勢いで、私に飛びかかったオズ。流れるように、地面に背中を強打してしまい、マウントポジションを奪われた。
足の間に、オズの足が挟まれる。死ぬ気になれば、オズに捕らえられた両手だって潰せる。
だけど、さっきから胸が苦しくてそれどころじゃない。
凄く、変な気持ちなんだ。
嫌いなのに……。
これ以上の言葉が、思いつかせない。
「身体で慰めて貰おうなんて……とんだ淫乱だねぇ」
「はぁ?」
「違う! その子には手を出す」
「黙れよ」
オズが、ジオを睨むと、ジオの顔は真っ青になった。身体も、小刻みに震えている。
きっと、凄く怖いんだろう。
「ジオ、大丈夫」
「夜美……!」
「大丈夫。だから、牛乳買ってきて」
場違いの発言。
余裕を表す為の、お願い。
ジオはギュッと拳を握って、屋上を駆け足で後にした。
残された私とオズ。オズは眉間にシワを寄せながら、私の首を撫で、片手で軽く掴む。
「アイツが好きなの? アイツ、ただの女タラシだし、バカだし、化物だけど」
「女タラシなのは、お前の方だろうが」
無言になったオズの手に力がこもる。
ただでさえ息苦しいのに、さらに息がままならなくなる。
私はそれでも笑みを浮かべながら吐き捨てる様に言った。
「ほら、さっきの裏庭で女を……げほっ。口説いてたでしょ……?」
「……はぁ?」
「さっき、ん、ぐぅう……!!」
ギュウウっと、首を両手で絞められて、唇を噛んで我慢していたら、急に楽になった。
「あれは、兄さんに近付いた女に忠告しただけだけど?」
「はっ、はぁ……あ゛ぁ!」
また、キツく首を絞められて。緩めては、また絞めるを繰り返す。身体をよじらせて逃げようとすると、オズはそうさせないと足で固定させる。
「でも、どっちでもいいよね」
「う゛ぁあ……」
「結局は、慰めて貰いたいだけでしょ?」
私のブラウスに手を突っ込んで、簡単に破いていくオズ。
酸素の行き渡ってない頭じゃ、何も考えることが出来ないだから……。
本能に、従うことにした。
「……して……」
「!」
「お願い……」
何を、言ったんだろう。
肝心な所が、抜けていたような気もする。
オズは、喉を鳴らせて笑い、私の首から手を離そうとした。
「オイ、若造。妹に何してくれとんじゃ」
「貴方は学生ですね? 不純異性行為は禁止されていること……みっちり分からせる必要がありますね」
「……げっ」
「夜美ぃいいいいい大丈夫かぁあああああ!!」
「あ、ジオにシバにーに風来さん」
むくりと上半身を起こした私の姿を見て、シバにーと風来さんはニッコリと笑った。
そしてシバにーがオズさんの三つ編みを掴み、引きずる。
「いたたたたた! なにするのさこの怪力バカ!」
「話は後じゃ」
「規則の基礎から学び直しましょうね……」
屋上から消えた三人に、唖然としてるとジオが私の肩にジオのブレザーを着せてくれた。
学ランがあるのに、変な人。
「や、夜美。もしかして私は……邪魔したのか……?」
もぞもぞと呟いたジオに、私は首を傾げる。
ジオは、顔を真っ青にさせながら、続ける。
「……さっき、してって……」
「……して? あ、あれは……」
きす、してって言おうと。
そう自覚したら、顔が一気にあつくなった。
両手を顔に当てても、冷えない。ジオと対比した私の顔はさぞ滑稽だっただろう。
「ち、違う……!」
「場、場のノリだよな! 分かってる!!」
「分かってない!! 本当だもん! あ、あんな奴となんか!」
「あたっ、叩かないで! いたい!」
軽くジオを叩きながら、自分を誤魔化す。
いや、誤魔化すわけじゃない。だって、私はあんなやつ、大嫌いだから。
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