○○クリーニング
「これは、人間の精神が入れ替わるひょんなことから生まれた発明品だ。最初は能力を他人に譲るものとして作ったが、まだうまくいかなくてな」
「へぇ……で、僕に試したわけ?」
「ああ。お前と限りなく血縁、思考的に似かよっているジオとやらと入れ換えて実験してみた。成功みたいだな」
「いやだぁああああああ!! なんでこんな姿に!! 金髪嫌だったけどこっちもいやだぁあああああああ!!」
「僕の姿でわめくなよダメニート」
「私の姿でゲス顔をするあいたたたたたた!! やめっ! ぎぶ、ぎぶぅ!!」
最悪だ。
夜美の牛乳を取り上げて、飲んだら金髪のクズと入れ替わっていた。僕が取り上げることを想定していたなら、それはそれで苛立つ。それ以上に夜美が飲んでたらこのダメ息子と入れ替わっていたんじゃないかと思うとなおかつ腹がたつ。堪忍袋の尾が辛うじて切れてない状態だ。
味の下では僕の顔をしたさめざめと泣く気持ち悪い男がいる。ああ、気持ち悪い。
だけど、ふと思いついた。
平城夜美、もとい化物とは一応恋仲みたいになってる。お互い、殺すタイミングを狙っているからだ。
だけど、夜美は化物でバカだから、変なことをたまに口にする。
好きだとか、さ。
泣きそうになりながら、真っ赤になりながら、小さくて弱そうに見える手で僕の服をつまみながら、目を真っ直ぐと見詰めて言ってくる。
それが、何より嫌だった。
自分が自分で居なくなるような不安。その度に、夜美をぐちゃぐちゃにしたくなった。
僕を好きになる要素なんて、顔か金か地位かセックスの相性ぐらいだろう。それだけでも十分だが、夜美はどれにも当てはまらない。
人間を全員虫みたいな弱い生物のように認識してる奴だし、アイツは金だけは腐るほどある。地位も執着してない。セックスに至っては全力拒否するくらいだ。
なら、僕のどこが好きなのか。もしくは気づくのか。
……気付かなくても、突き放せるしいい実験になりそうだ。
「ねぇ、これそのロッカーに閉じ込めててよ」
「はぁ!? 何を考えて……!!」
「分かった」
「ちょ、やめ、うわぁあああああ!!」
僕の顔をしたクズ人間を放置して、小さなポニーテールを探し回った。
何時もなら、屋上か、職員室で風来の手伝いか。
風来という名前があがると、舌打ちしたくなる。アイツはどうも嫌いだ。自分の本能に忠実じゃない、堅物。あと、多分夜美の好きな男。
僕じゃなくて、絶対夜美はアイツが好きなんだ。
……泣かせなくなってきた。ジオと油断させて一回殺してやろうか。
そう考えていると、屋上に案の定黒い影が見えた。そいつはこちらを見上げるなり、目を丸くして首を傾げる。
そうか、あのバカだったな。
「……夜美! 何をしているんだ?」
うざいきもいはきそう。
だけど、全部あとで夜美にぶつけてやろう。殴っていいかな。嫌だって喚く夜美が脳裏に浮かんで、ジオらしいニコニコした笑みを浮かべることができた。
夜美は少し戸惑っていたが、口を開く。
「もっ、妄想……」
……きもちわる。
真っ赤になりながら、膝を抱えてそっぽを向く夜美の耳は真っ赤だ。というより。
気が、ついてない?
だよね。そうだよねぇえ……? やっぱり顔だよね。夜美だからって油断してたよ。化物風情に危うく騙される所だったよ。
ムカムカとする腹の底を抑えられない。夜美はさらに顔を真っ赤にさせながら、続けた。
「あの、ね。好きな人の、妄想。イメトレ、大切だから」
「よ、よくわからん……。それはそうと、夜美は好きな人がいたんだな! よければ、どこが好きとか教えてくれないか?」
「は!?」
少しこちらを睨み付けた夜美だけど、ジオの顔だからか、直ぐに眉を八の字にして、視線を泳がせる。
今すぐ押し倒して、泣きわめくほどめちゃくちゃに犯してやろうか。
「……えと、私を、ちゃんと見てくれるとこ」
「(化物を化物と見てるやつなんて、そこらにいるでしょ)」
「それでも、人間みたいに喧嘩できるとこ」
「(化物と喧嘩なんて、そいつも度胸がある)」
「あと、変に素直じゃないとこ」
「趣味わるっ……」
「何か言った、ジオ?」
「な、何も言ってないぞ!」
いい加減、この演技やめようかな……。
イライラが頂点に達しそうになったら、夜美がいきなり僕の手に手を重ねて、真っ直ぐこちらを見つめてきた。
「もう、無理」
「……は?」
「どういうつもりで、お前が、その姿できたかわからなかったから、しばらく騙されたふりしてたけど、これが目的か……?」
林檎みたいに真っ赤な夜美の顔が近づいてくる。
「こーゆーの、キスしたら、戻るよね……?」
キス。
そう耳に入ったら、夜美を強く突き飛ばしていた。しりもちをついた夜美に、夜美の手が、僕の身体、つまりジオの身体と重なってたことに気がついた。
「さ、触るな! 近寄るな!! あああああ!! きしょくわるい!」
「あ、元に戻った。イメトレ役に立ったね」
「どこがだよ!? 僕がジオじゃないって何時気がついた!?」
「最初からだよ。勘だけど」
「勘!? や、野生の勘!? アマゾンかサバンナに住んだら!? 夜美にぴったりじゃない!?」
「はぁ!? どういう意味だこらぁ!」
夜美が今度はギラギラと睨み付けながら、顔を見合わせると、頭部にゴンっと何かがぶつかった音がした。
薄れゆく視界の中、やっぱり聴覚が最後まで残っているらしいと体験する。
「ジオ。主はとうとうあの黒髪になったのか? ならば、容赦はせんが……」
「貴方の小突きは、普通の人間なら打ち所が悪ければ死ぬかもしれませんよ」
あの破壊神、絶対潰す。
▽△
最初に目が覚めたら、保健所のベッドで寝ていたようだった。痛みは全くなく、上半身を起こしたら、ベッドの脇に夜美が丸イスに腰かけていた。
「……大丈夫? 竹松から聞いた。竹松がいらないことしてごめん」
少し、申し訳なさそうに謝る夜美。
最初から気づいていようが、気になることがある。
「ジオの身体に、なんでキスしようとしたの」
「……へ!?」
「答えなよ」
夜美は目をぱちくりとしながら、少しこちらを伺うように答える。
「そーゆー、呪いとかは、キスでなおるって、本で読んだことが……」
「だとしたら、凄い子ども向けのものを読んでるんだね。そうじゃなくて、何でジオにキスをしようとしたの?」
「……オズでしょ?」
「はぁ?」
「中身がオズなら、オズでしょ?」
訳がわからなくなっている夜美。
だけど、僕はそういう訳にいかない。しかも、あのダメ息子が触れた手や、触れそうになった唇。そう考えるだけでおぞましい。
夜美の腕を引いて、ベッドに押し付けて股がると夜美が目を点のようにする。
「……払拭してあげるよ」
だけど、待たない。
今すぐにでも、アイツと居た時間を無くしてしまいたいから。
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