無力化サバイバル
ああ、ついてない。
いや、疫病神とか、死神は憑いてるかも。いや、そういう意味ではないけれど。
ちょっと、昔の話をしよう。それしかすることがないからだ。
とある町に、死にたがりの化物がいました。自分が何者かわからず、周りとの差に恐怖し、存在理由も知らずに毎日毎日、人間の死に方をまねしていました。
そんな化物は、敬愛する男と、その男のいとこと知り合い。ある日、とある秘密組織かなにかにスカウトされました。断れば敬愛する男を殺すと言われたのです。やるしかないでしょう。
しかし、仕事は化物の性にあっていました。どうやら、化物はなにかを壊すとこが得意なそうです。
そんな日々が、続くんだと思ってました。
敬愛なる男のいとこが、私でも即効で、しかも長時間効くような薬を発明しました。どんな効果とか、教えてくれませんでしたが、体の力がどっと抜けて、もはや人間の女同等になったのです。私は、自分が化物であった方がマシだと思いました。
仕事中、相手の武器にその薬がどっぷり塗られていて、私は捕まってしまった。
がちゃがちゃと手首を暴れさせても、鎖は外れないし壊れない。
冷たくて、寒いレンガで作られた牢屋で静かに耳を澄ませていると、こつこつと足音が近づいてくる。
ゆっくりなのに、なぜだろう。何処か楽しげだった。
そして、そいつが牢屋の向こう側、黄緑色の瞳でこちらを見下し、にんまりと口角をあげた。
「ここまで化物も堕ちると、もう痛快だね。ぞくぞくするよ」
「……お前、なんでここに」
「あはっ。夜美は本当になんにも知らないんだねぇ。ここは僕の領地の一つさ。もし金色の目をした化物が現れたらあれ使えって言ってたけど……こうも簡単に釣れるとは思わなかったよ! 鯛にもなれなかったら、エビにも満たない存在価値だねぇ」
よくわからんが、馬鹿にされてるようだ。
黒髪を三つ編みにゆっている男は、高校時代に一緒だったオズベルトという男だ。何かとあれば私にいろいろ仕掛けてくる苛立つ変な人間だった。
オズが、息を荒くしながら牢屋にはいって、私の目の前でしゃがみこんだ。
「くすくす。ほうら、これあげるよ」
目の前に見せられたのは、犬がつけるような首輪だった。
確かに、私は人間ではない。だけど犬になったつもりもない。
「嫌だ! 何でそんなものつけなきゃなんないの!?」
「そりゃ、夜美は僕の奴隷になったも当然なんじゃないかな?」
「は!?」
「君の組織は失敗した奴は消すんでしょ? まぁ、君は死なないし、そこまで深いところまで知ろうともしなかっただろうから放置くらいだろうね。助ける人もいない。そんな中、世間を騒がせた化物を無力化して、下僕みたいに使う……ぞくぞくするじゃないか」
「ゲス野郎が!」
「ご主人様に向かって、なんて態度かなぁー。調教が必要だね」
オズが笑みを浮かべながら、私のお腹に蹴りをくらわせた。
いつもなら、避けられるのに。
「何時もなら、こんなゲスな男に殺られるわけないのにって?」
「!?」
「夜美は単純なんだよ。本当バカだよね。そうさ。君はこれから、君が倒せるような男に、いや……大嫌いだった男にモノみたいに使われるんだよ。だからさ、そろそろ自分の立場くらい把握したら?」
オズが、私の手首を上にあげて、片手で拘束する。体をよじらせて逃げようとするも、オズが思いっきり踏んできたから、咳き込んで動けなくなった。
ああ、私は本当に弱くなったんだ。
揺らぐ視界の中、屈辱に歯を食いしばってオズを見上げると、オズはけらけらと笑った。
「そんなに嫌なら、首輪はしないであげようか?」
「!」
「その代わり、靴を舐めたらね。キスでもいいよ」
立ち上がるなり、少し離れてオズはにやにや笑っている。
首輪か、靴を舐め……キスのほうがマシだろ。
だけど、こんな男に、なんで私が。
いろいろ、思考がごちゃまぜになって気持ち悪くなる。喉の奥から、らしくもない嘔吐感がした。
オズがはやくしなよって苛立っている中、私はオズの足に近づいていく。
首輪は永久的だろう。なら、一瞬の屈辱を選ぶ。
オズの足元に土下座するような形でキスするのは、本当に身の毛がよだつ。
だけど、鼻先にまでオズの足を近づけて、一瞬だけ唇を当てた。
だけど、首に何かを滑り込ませて、無理やり顔をあげる形になった。
地に足はついているものの、首吊り状態で、オズは苦しくて顔を歪める私の顔を覗き込み、嘲笑う。
「まぁ、嘘なんだけどね」
「あ、ああ」
「ふふふ。どんな気持ち? ね、夜美教えてよ」
「お、オズベルトォオオオオオ!! コロス! コロスぅう!! 消してやるぁああああああああ!!」
「あはははははは! もう最高! どんなに喚いても君は僕に勝てないよ! ざまぁみろ!」
床に叩きつかれて、頭をぐりぐりと足で踏まれた。
オズベルトをにらめつけると、オズベルトは子どもみたいに笑い、はしゃいだような口調で口にする。
「もっともっと、屈辱に溺れさせてあげるよ」
そんな異様な雰囲気の中、私は笑いながら殺すとばかりにオズベルトを睨みつけていた。
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