ハートブレイカー
標的、オズベルト・ヴェンチェンツォ。
黒い髪を三つ編みに結っている、写真にまでにやにやとにやけた顔を写し出していた。黄緑色の目が自分に向けられている様で、ドクリと心臓が高鳴る。
ただ、その男の隣にまた色っぽい女の人が居て一気に冷めた気持ちになったけど。
「……コイツを、殺すの?」
「まぁね。いろいろな女を泣かせてるみたいだよ」
写真に映っている女の人のような別の女性を連れているんだろう。暗殺組織の同僚であるクロウはオズベルトの他の悪行をペラペラと並べていく。私はというと、写真に釘付けになっていた。
この男のこと、私は知っていた。高校の時に一緒で、毎回私を挑発するようなことしか言わなかったヤツだ。
久しぶりに彼を見て、何故か嬉しいと思ったのに……それさえ気持ち悪くなる。
きっと、この女性を抱いたのだろう。そして、他の女も。愛を囁き、抱きしめ、キスをした。
「っ!!」
「おっ。殺る気満々? あんまり仕事しない夜美が! お兄さん嬉しい」
「私の方が年上じゃないのか?」
「夜美ってもう見た目から幼女だしね」
「Bはあるもん!」
「ムキなるの、子どもっぽいよ」
どうしたの、何時もなら受け流すか無視するのにと心配しだすクロウに、私は目に涙をためて身体を震わせてしまった。
分かってる。私に女の魅力なんて皆無なのは。写真のような女性の豊満な胸なんてないし、顔も幼いし、身長も小さい。
人を殺して生臭い。汚い。分かってるよ。
それ以上に、クロウの言った通り何をムキになっているんだと首を振った。
「高校の同級生でしょ? 仕事に支障をきたすなら変わるよ」
「アンタは寝技しか出来ないだろ。しかもコイツ金持ちだから遠距離からリベンが狙えない。私がいく」
オズベルトを、私が殺す。そう覚悟しようとする。高校ではそれが日常茶飯事だったのに、なんでこんなに震えるんだろう。
「……一応言っておくけど、失敗したら、夜美を助けられないよ」
「分かってる」
「組織の秘密は」
「私は殺せないから、例外措置なんだよね。うん。言わない。言ったら風来さんが殺されてしまう」
「うん。夜美が話して一番最初に知るのは僕なんだから、絶対言うなよ」
「……さっきから、何で失敗を前提にすんの」
クロウは少し目を丸めて、やれやれと肩をすくめて私の頭を撫でた。
「多分、夜美の気持ちを夜美以上に分かっちゃったからかな」
意味、わからない。
▽△
思ったよりも、仕事は上手くいかなかった。まず、私の動きを予期していたかのようにアイツの屋敷は警備されていた。
きっと、アイツは高みの見物をしているんだろう。私を全て見透かしたように、笑ってるんだろう。私は、アイツの命を狙ってアイツだけを見てるもんだから、策略とか練れない。この警備の後始末なんてクロウに何とかしてもらうしかできない。
屋敷に死体と血飛沫でいっぱいになるのに、アイツの場所が分からない。ただ、血生臭さや硝煙の臭いが充満していても、高校からずっと匂い続けたアイツの匂いが屋敷から出てないと告げていた。
何処だ。何処なんだ。
警備の野郎に殺られた傷は治ったといえど、アイツと殺るには体力があるかないかだ。一気にカタをつけないと逃げられる。
恐ろしい程真っ赤に染まった身体を引きずる様に奥へ奥へ進んでいくと、扉があった。
ドアノブを回しても、鍵が開かない。
邪魔だ。邪魔をするな。
足を振り上げて、扉をぶち破った。じゅうじゅう煙をたてて、治る破損した足を引きずり、部屋に入ると鼓膜を大きく震わせた。
激痛が右腕に走り、思わず座り込んでしまう。
「うわ、心臓狙おうとしたのに。まぁいっか。動けないなら」
くすくすと闇から現れたアイツを目にするのは、何時ぶりだろうか。何故か打たれた所だけ治らなくて、苦痛に顔を歪める。
オズベルトは、膝をついて座る私の目の前に、目線を合わせるようにしゃがみこんで、拳銃を私に見せてきた。
「懐かしいでしょ。夜美がくれたやつだよ」
「……そうだったけ」
「とうとう記憶力にも支障をきたしたんだね。残念過ぎる。昔、僕にこれじゃフェアじゃないって拳銃を渡したんだよ。こんなことになるなら渡さない方がよかったねぇ」
ケラケラと笑いながら、私の心臓に矛先を当てたオズベルト。
これで、いい。いくらオズベルトだろうと、これは外さないだろう。
……あれ、何で私は、殺されたがっているんだ?
「ね。全部仕組まれてたって分かってる?」
オズベルトの声は銃声にかきけされて聞こえない。
「君の組織に僕の書類を送ったのも、僕を標的にさせたのもこの僕なんだよ」
左腕、右股、左股。
地面に背を預けてしまい、ひゅーひゅーと喉が鳴る。おかしいな。何時もなら治るはずなのに。
オズベルトは私の前髪を鷲掴み、唇を重ねてきた。そして、虚ろな私の目に映るのは、興奮したようなオズベルトの顔。
「君は、僕のモノだよ」
……ああ、負けたか。
これは、捕虜ということか。組織は私を切り捨てるだろうし、もう終わったな、私。
オズベルトは真っ赤に染まった私の服を引き剥がして、血まみれになった肌に噛みつき始めた。
どうやら、私は慰めものになるらしい。
本当に女なら誰でもいいんだな。
痛みと疲労に呆然としながら、宙を見つめた。
私の敗因は、きっとオズベルトを舐めていたことだろう。
全く治らない傷跡の痛みに耐えながら、後悔した。
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