電撃結婚不幸予告
「じ、ジオは居ますか」
「夜美! 今朝ぶりじゃのう!」
「シバにーに用はないの」
「はっ。ざまぁ」
「阿弥央ー。ワシ、ジオに負けたからジオを殺す」
「何でそうなるんだ!?」
何故かシバの妹である夜美が自分の教室まで姿を現した。少し赤くなった頬に、小さい身長だから、必然的に上目遣いになる瞳は守って上げたくなる。だが、彼女は恐ろしく強い。守るより守られてさらに巻き込まれる怪獣だ。
そんな夜美に腕を捕まれて、そのまま家庭科室に連行されてしまった。シバがついてきていないということは、きっと阿弥央が足止めをしているんだろう。
「で、どうしたんだ? 夜美」
「あ、あのね。報告に……来たの……」
普段の夜美に比べて、格段に緊張して、気の弱そうな様子をしている。
私は何か怖がらせることをしてしまったのだろうかと首を傾げると、夜美は制服のスカートを握りしめて、口を開く。
「オズと、けっこん、する、の」
…………ケッコン?
血痕のことか? とうとう夜美は父上を殺したのだろうか。それなら万々歳だ。それを報告に来たのだろう。間違いない。むしろそれ以外認めない。
「そうか! やっと殺ったか!」
「うえっ!? あ、やぁ……うん……」
「そうかそうか! 父上を殺れるのは夜美だけだと思っていたからな! よくやった!」
「…………を? と、じゃなくて……?」
「ん?」
「…………あ、ぁあああああ……!! それ、違う! アイツは死んでない!!」
死んでいなかったのか。では、あと少しで殺せるから私に止めを刺せと言っているのかもしれない。あの憎い父上を殺せるなら私は人肌脱ごうじゃないか!
教室から出ていこうとしたら、夜美が腕にしがみついてきた。
「話を、聞いて」
「え゛っ」
「わ、分かってる。年が違いすぎるのわかるし、私が嫌なのもわかる。でも、じ、ジオにも……納得して欲しい……」
「……夜美。すまない……話が見えないんだが」
理解することを拒否しているんだろう。
こんな小さくて可愛い、だけど異常な暴れん坊で尚且つ親友の妹が……。
「だからね、私、オズと結婚するから、ジオの……義理のお母さんに……なる、というか……」
お母さん、なんて。
何が一番嫌かって? あのゲスでクズで人間として終わってる父上だぞ?
未だに「やっぱり、私がおかーさんは……や、だよね……」って泣きそうになってる夜美。
確かにやってることは犯罪だけど、選ぶ権利くらいはあるだろう。というか、父上はロリコンの気があったのだろうか。
「はき、そ……」
「そ、そんなに嫌か!? ご、ごめんね!」
「そ、そうじゃなくて……」
「え、ええと。とりあえず吐かなきゃ、え、と。あった!」
学ランの中からスーパー袋を取り出して、私の口にあてがい背中を撫で始める。
「ジオ、大丈夫。吐いていいから」
「う、うえ……」
「大丈夫だから、あの、何かあったら責任とるから!」
パニックになっている夜美が視界の端に入る中、私は気を失ってしまった。
▽△
「殺す」
「待ちなさい。確かにアレは人間として終わってますが、それをして夜美がまた鬱になったら面倒ですよ」
「夜美と結婚じゃと!? ワシに何故連絡せん!?」
「……違うもん。殺す隙を狙うために結婚するんだもん」
「ハッハッハ。そうか。ならいい」
「……私はつっこみませんよ」
いい匂いが鼻孔をくすぐって、上半身を起こすと、家庭科室のテーブルにはたくさんの料理が置かれていた。
シバに阿弥央まで家庭科室にいて、食事をつまみ食いしている。
「あ、だ、大丈夫? ジオ」
とてとてとこちらに歩みより、心配そうにこちらの顔を覗き込む夜美。
「ああ、大丈夫だ。ところで……これは……」
「えーと、ジオにアピール」
「は?」
「私が家族になったら、毎日料理作るよってアピール」
少し照れた様子ではにかむ夜美に、シバは箸をバキリと割っていた。
そんや夜美の横を通り過ぎ、私はテーブルにある肉を素手で鷲掴み、噛みついた。
暖かくて、美味しい。
「う、まい」
「ちょ、ジオ待ちなさい。そんな一気につめこんだら私の分が無くなるでしょう」
「阿弥央、食うのか?」
「人間の作るものはごめんですが、化物の作るものを食べることは嫌いではありません。そのサンマの塩焼きを食ったものは殺します」
「犬神なのに魚好きなのか?」
「ちが、ああああ! ジオ貴様いま丸のみしやがりましたね!」
素手で次々に口にほうりこむ料理は阿弥央の素材なんかより美味しくて、胸が少しだけ満たされる。夜美が嬉しそうに頬を緩ませていた。だけど、私は父上と夜美が一緒になることは反対だ。
「夜美」
「ん?」
「父上のいいところなんて顔と金くらいだろう。なら、私のところに」
「ジオ殺す」
「殺れ。そしてサンマの仇をとりなさい」
「ちょっ! 阿弥央ぁあああああ!! シバぁああああああ!!」
シバに押し倒されて、頬を引っ張られ、阿弥央に見下される。
夜美は、父上と特別な関係なようだけど、それ以上に大切な友人の妹だ。だから、幸せになってほしい。
だから、伝わって欲しい。
決して君が嫌だと言う訳じゃないことを。
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