狂愛送信メール
「取引、ですか。俺にメリットなんてない気がしますけど」
「そんなことないよ。童〇丸出しの君に多少なりとも女の喜ばせ方教えてあげるよ」
「女なんて興味ないですよ。俺は沙弥ちゃんに興味があるんです」
「あんな男女でも身体は女でしょ? なら一緒だよ」
「…………」
大好きな恋人である沙弥ちゃんの悪口を言われるのは耐えられない。だけど、そこはグッと堪えてテーブルの向こう側にいるオズベルトを睨み付けた。
事の始まりは早朝。最近買ったばかりの携帯に非通知で電話が鳴ったんだ。特に気にすることもなく出ちゃって、コイツの声が朝一に耳元に響いたんだ。沙弥ちゃんだったら良かったのに。
沙弥ちゃんと一緒に帰ることを断念して、放課後に喫茶店で話をしようと言われた。これがどうでもいい話なら切っていただろう。
だけど、オズベルトの要求してきた事柄は、少し俺にもメリットがある気もした。
「……姉ちゃんの弱点なんか聞いてどうするつもりですか」
「別にー。ただ単に泣かせたいだけかな」
確か、二人は付き合っていた筈だ。姉ちゃんは寝首をぶった切るとかブツブツ言っていたから、ただの恋人でないことは予想できたけど、歪みすぎてる。狂っている。
「……もう、分かりました。姉ちゃんの弱点だけ言いますよ。メリットもデメリットも無いですし。時間の無駄でしょうし」
「へぇー。実の弟に裏切られたって聞いたら、夜美絶望するだろうね」
「まさか。姉ちゃんは理解してると思いますよ」
さっきから、ニヤニヤと目の前で何か飲みながら俺を観察する黄緑色の瞳は気持ち悪くて目潰ししたくなる。だけど沙弥ちゃんに怒られちゃうからダメだ。ガマンガマン。
「……姉ちゃんは、ゴキ〇〇とか大嫌いです。あと、勉強とかパズルとか考えること」
「ハハッ。最強なくせしてそれ嫌いなんだ。笑える」
「あれ出たら、家が半壊しかけるかどうかの問題なんですよ」
「大変だねぇ、化物の一家は」
「…………」
気にくわない。
さっきから相手の神経を逆撫でするようなことしかコイツは言っていない。
ガキだなぁと切り捨てたら楽なんだろうけど、姉ちゃんが絡むとそういうわけにはいかない。
何があろうと俺はコイツを兄さんとは認めないだろう。
「あとは?」
「あと……。桃食べると熱でます。アレルギーかな」
「へー。桃、ねぇ……」
「それより、俺言いたいことあるんですけど」
気にくわない奴をジッと見つめたら、話だけ聞いて上げるよと言いたげに、俺より小さいくせに見下したように見える。
「何で、好きな子をいじめるんですか?」
「ちょっと語弊は含んでるけど、今回は特別に答えてあげるよ。その方が相手を手に入れた感じがするでしょ?」
……やっと分かった。
このオズベルトという人間を、心底好きになれない理由が。
あの男に、よく似てるんだ。
顔がじゃない。考え方がだ。
相手を支配してこそ相手の全てを手に入れる。それは相手を苦しませることを優先させてのこと。
それだけじゃなくて、姉ちゃんの顔が頭を過った。フェルトで目の前の男を型どった、人形を作りながら姉ちゃんは言っていた。
『人形くらいには、甘えてもいいでしょ』
俺達は、とにかく愛して欲しいんだ。必要として欲しい。相手が欲しい。
「俺、」
姉ちゃんのこと、大嫌いだけど。
姉ちゃんの気持ちは、多分世界で一番俺が分かってる。
だから……。
「貴方のこと、だいっ嫌いです」
寂しいんだ。もっと欲しくなるんだ。なのに、餌を目の前でずっと待てされてたら、おかしくなるよ。その辛い気持ちは、分かっていた。
血の繋がった姉弟、なんだから。
「僕も、君みたいな化物大嫌いだよ」
姉ちゃん。
男の見る目、無さすぎだよ。
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