不幸せエブリデー
「くそっ……何処行きやがった……!!」
闇の様な長い髪を高く一つ後ろに結った女が走る度に、髪が宙を舞った。
青いブレザーの上には、別の学校のものなのか、学ランを肩で羽織っているようだった。平均身長にも満たない幼い少女の真ん丸な金色の瞳がぎょろりと周囲を見渡す。そして、すんすんと鼻をひくつかせて、夕焼けに染まった校舎の廊下を再び駆け出した。
普段ならば、彼女の敬愛する教師に注意されると校舎内では走らないだろう。しかし、そんなことも忘れるくらいに彼女の頭には血がのぼっていた。
廊下の突き当たりにある階段を三段飛ばしに駆け上がり、校舎の三階にたどり着いた瞬間、廊下へ身を乗り出す。そして倒れんばかりに体を前に傾けながら走り、とある教室の前で足を止めた。
ゆっくりと体制を直した彼女は青筋を浮かべながら、教室の扉を横に開いた。その勢いでヒビがはいる。これが朝ならば、彼女に怯える生徒も現れるだろう。しかし、教室にいたのは一人の男だけで、彼女を見ては嘲るように笑った。
「遅かったね」
「…………」
「あれぇ。言葉にならないほどムカついちゃった?ただ、これと君の持ってた重箱取り替えただけじゃ、」
「もういい。黙れ」
窓辺で重箱を地面に放り投げた黒い髪を三つ編みに結った男。地面に落下した瞬間、箱から赤や黄色、緑のさまざまな食べ物が地面を汚した。
女は学ランの袖に腕を突っ込み、ゆっくりとどこに隠されていたのか不思議になるくらいの木刀を取り出した。
「前々から、私の邪魔ばっかりしやがって……そのうるさい口、今日こそ二度と開かせないようにしてやる」
「あはは。こわいなぁ。でも、結局僕を殺れたことはないよね」
「うるさい!」
女が木刀で男の腹を突こうと全身しようとしたが、男はにんまりと頬を緩ませ、こう唱える。
「あ、風来灯真せんせーだ」
「!?うぎゃっ!」
毎回、同じ手をくらってしまう。そう彼女は忌々しく悔やみ、男に足元を救われ転んだ。そして、男はたたみかけるように彼女に覆い被さり、懐から取り出した注射器を彼女の喉元に深く刺す。
「あがっ!」
「ごめんねー。僕、血管の場所わからないから、一発じゃダメかも」
しかし、運が良いのか悪いのか、男の手に握られた注射器は彼女の血管を傷つけていた。苦痛に顔を歪め、男を睨み付ける女を男は見下ろした。
「まだ、ダメだね」
「あ゛あ!」
「ほら、ほらほら」
「いだいっ!う゛ぇっ!」
「死にたかったんでしょ?いいじゃない」
何度も何度も、男は注射器で女の首を刺し続けた。しかし、女の首には傷跡はない。ただ、痛みに狂いそうに叫ぶ少女の悲鳴が校舎を突き破ってしまいそうだった。
「君の大切なセンセイは、君を心配するのかなー」
「う、うう。いたい……くそぉ……」
「ムカつく。僕は兄さんに振り向いてもらえないのに、こんな化け物が幸せになるなんて……」
注射の効果なのか、女の体だけはぴくりとも動かなかった。ぽろぽろと生理的な涙を流す中、男が女の肩を地面に押さえつけ、顔を近づけ、そして唇を重ねた。
「!?」
「あは。これで君も汚れたね。大好きなセンセーにはちゃんと顔向けできない……かな?」
くすくすと悪魔のように彼女に股がったまま、笑い出す男に、絶望を浮かべた少女の顔。
「君だけ、幸せになんてさせないから」
化け物の上半身を起こして大切そうに抱き締めながら、彼はそう囁いた。
prev / next