狂演ダンスパーティ
唯の家に真也がいる。
そう考えると、何故か頭と視界がぐらりと揺れた。
私にプレゼントを渡すために、住み込みでバイト? 唯の家で?
唯は、女の子なんだ。その気がないのはわかっているけれど、なんで唯の家でバイトなんか。
平城が、普通のバイトじゃ雇ってくれなかったとかか? そんなの、私が……。
そんな堂々巡りなことしか考えられなくなっている。結局のところ、やっぱり一声欲しかったんだろう。
唯の後ろをついていきながら、私は彼女に嫉妬してるんじゃないかって思ってる。
私の思いは告げないつもりだ。たとえ、真也が私を好きでも。
唯が、相手でも私は、真也が幸せなら……いいんだ。
そう無理矢理思い込む度に、胸に鉛がつっかかり、激痛がする。だけど、態度に出すことは許されない。
唯なら、真也を幸せにできるのだろうか。
いや、出来ない。
唯は、まわりにトラブルメーカーが多すぎる。そして、唯自身もそうなんだ。
真也が、ずっと笑顔でいられるはずがない。
……っ。私は、何を考えているんだろう。
唯を否定してまで、私は真也を渡したくないのか。
まったく、情けないし見苦しい。
「ついたよ」
「えっ」
体が勝手に動いていたのか、いつの間にか唯の家のある部屋の前に佇んでいた。
やばい、お邪魔しますとか言ってたっけ、お土産持ってくるべきだったと思う。そして、唯が口角を吊り上げて、ふすまを開いた。
「……え?」
「た、むら……さん!?」
そこには、ボロボロになった真也がいた。
バイト? え? でも、服も喧嘩したみたいになってるし、顔色悪い。ブラック企業? もとからブラック?
目をぱちぱちとまばたきさせて真也を見下ろしてると、真也は逃げろと大声で訴えた。
さっきの胸の苦しさが、物理的に感じた。
私の胸から、赤くて綺麗な何かが生えてる。
それが刀と理解した瞬間、全身が警報を鳴らすような激痛がした。
「沙弥!嘘だ!ち、ちが……!!いやだああああ!!」
地面にうつ伏せになってしまった私の前に、黒い靴下の女の子がその獲物で真也の頬を撫でていた。真也は顔を真っ青にして、この世のおわりと言いたげな表情を浮かべてる。
「い、いちのせ。てめぇ」
「君が悪いんだよ。唯ちゃんをつまらなくさせるから」
「殺す!ぜってぇ……沙弥!今、病院に……!」
「無駄だって、沙弥は僕が殺したんだよ」
勝手に殺すなと言いたいが、ひゅーひゅーと喉がなるだけで言葉が出ない。
もうごちゃごちゃしたことは考えられない。
唯と、市ノ瀬は真也を苦しめている。それだけわかれば十分だ。
アイツに、連絡した。
魂の共有とか、意味がわからないことを言ったアイツに。
私の魂をやるから、力をくれって強く願った。
「市ノ瀬……てめぇだけは……!」
「そんな怖い顔しても、無……あれ、唯ちゃん。沙弥は?」
「話しかけんなくそのせって……あれ、本当だ。どこなんだろう」
消えたいと願ったあの日から、私は透明人間になることが出来た。
自分の生命力を対価にしているんだけど。
この状況、先にあいつだ。
私は痛くなくなった体を起こして、市ノ瀬に飛び付いた。市ノ瀬は私がいると理解したのだろうが、その前に刀を奪って彼女の胸に突き刺した。
唯が、嬉しそうな声を漏らす。真也は、私を必死に止めていた。
だけど、止まらない。
「いちのせ、おまえは、なんで、そんなに……!」
「ははっ……君にわかるはずないよね……!」
市ノ瀬が、唯に視線を移した。
子どもみたいに無邪気に笑みを浮かべる唯。その姿はおぞましくて、背筋が凍る。
「唯ちゃんは、僕の女神みたいなものなんだ……なのに、あの男が奪った……だから、あの男から、君を奪ったまでだよ……」
ああ、こんなことになるなんて。
私の寿命も、あとすこしだろう。市ノ瀬ももう動けないみたいだ。そして、私も唯を殺す力もない。
徐々に私の姿は露になっていた。そして、市ノ瀬の隣に体を預け、唯に訊ねる。
「これで、満足?」
「うん。大満足」
「そう……」
結局、唯の思い通りになっちゃったんだろうなと自虐的に笑ってたら、真也がはってこっちに来た。
金でも、茶色でもないオレンジの瞳に涙を浮かべて、死なないでと訴える真也。だけど、はじめて唯はつまらなさそうな表情を浮かべて、私から真也を引き剥がした。
「うそつき、沙弥には、なにもしないっていったのに……!」
「なにもしてないじゃん。今回の件は市ノ瀬の独断行動だよ。私はただあんたと沙弥を会わせたかっただけ。あー死体を二つも作るのは面倒だなぁ。どう処理しよう」
「しょ……!何を考えているんだよ!?沙弥は、ご両親のとこに……」
「どっかの池に沈めるか、火にくべようか」
真也は、憔悴しきっていた。
ああ、助けてやれなくてごめん。私は、市ノ瀬さえ殺ればおまえは自力でも逃げれると思ったんだけど、違ったんだな。
唯は、狂ってしまっていた。
無邪気に蟻を踏み潰して、笑みを浮かべるような恐ろしい子どもだ。今思えば、わざわざ市ノ瀬の前で真也が泊まってるなんて言わないし、私を家に誘わないよな。市ノ瀬が嫉 妬するに決まってる。そして、私が唯より市ノ瀬を狙うことまで予想したんだろう。
そんな子から、逃げれないよな。
私は最期に、唯を見上げた。焦点が合わない。もう、瞼を閉じてしまった。
動かない体に、思考。真也の絶叫とともに、彼女の言葉が耳にはいる。
「楽しかったよ。ありがとう。沙弥」
彼女の手のひらで踊らされた私は、そっと息を引き取った。
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