救脱出
はじめてだらけだった。
砂なさらさら手の中から滑り落ちるものだった。
空は青に染まり、大きな光が私をギラギラと照りつけていた。
その生き物が必要らしい酸素がたくさんある砂浜にその生き物を出した。
その生き物は、不思議な身なりをしていた。何かべっちょりと黒い布が張り付いていて、尾びれは二つに分かれていた。
上半身は人魚とほぼ同じ形だったけど、肌もなだらかで、綺麗な方だと思う。
……生きてはいる。だけど、とても息苦しそうだった。
「この布だよな……確実に」
邪魔なものは剥がした方が良い。そう思ってその生き物の上半身にまとっていた布を引きちぎった。そうすると、少し楽になったのか呼吸が軽くなっていた。
それを見ると、不思議と胸の奥に詰まっていた緊張が解けたような気がした。あれ、私……安心しているのかな。
ふと頭を過る箱から雪崩れていく同じ生き物達。
その生き物には、私みたいな尾びれすらなく、海中でもがいていたけれど、私の方に顔を向けたそいつの顔が目に焼き付いて、離せなくなってしまっていた。
瞼を閉じて力なく海流に漂う姿にあの生き物が海の中ではいきれないことを理解して、私は慌ててそいつのところに泳いでいった。
その生き物を脇に抱えて海上に顔を出しながら、陸へと向かうなか、さっきの箱が横向きになっている様を遠目で見ていた。
海中に他の生き物が沈むなか私は、たった一人の生き物だけを助けることしか出来なかったんだ。
この生き物だけでも、せめては。
意識を取り戻さない生き物の看病の仕方は分からない。だけど、彼が生きられるようにできる努力はしていった。
陸上は海中と比べて温度差がかなりあるみたいだったから、海中に戻ってきて大きな布を持ち帰って乾かしてからその生き物に被せた。
お腹が空くだろうから、魚を収穫して側に置いておいた。
その生き物の額は熱かったから、底だけ大きな布を少しだけちぎって濡らし、額に置いて熱を冷まさせようとした。
この生き物を助けることが正しいのか、それはわからない。仲間もたくさん亡くなったのだろう。 一緒に死にたかったのかもしれない。だけど、だけど。
陸上の奥底は、私のしらない世界で溢れていた。それは宝箱みたいで、手を伸ばして、先へと進みたいけれど黒い忌々しい尾びれがそれを許さなかった。
こんな素敵な世界に生きられているんだ。きっと、生きたいはずだ。できれば、私も、その世界を……。
はたと、自分がとんでもないことを考えていたことに気づいて慌てて頭をふってその考えをかきけした。危険だらけと言われている陸上に行きたいだなんて……。
自分の無知さに心底あきれながら、生き物のおでこにのせていた布をとろうとしたら、手首に何か締め付けてきた。骨が折るかと思うくらいの圧迫感で、手首に視線を移そうとすると視界か反転して、空いっぱいにその生き物が虚ろな目で私を睨み付けている姿が映った。
「げほっ……お、んな?」
その生き物の言葉は、私達と同じだった。その事実に感激していると、その生き物は眉間にシワを寄せて、私にべらべらと話しかける。
「へぇ。僕が寝てる間に随分楽しんでたみたいだね。なに? 野郎の服を脱がせてしたかったド淫乱なの? それとも、僕のガキを孕んで玉の輿ねらいかな? 凄い用意周到だね」
この生き物は何を言っているんだろう。
だけど、逃げなきゃ。
生き物からもがいて海中に逃げ込もうとしたら、生き物はニヤッと笑ってそれを許さなかった。
「逃げられると思ってるの? それに……君も楽しみたいんでしょ?」
顎を上に向けられたら、唇に何かが重なった。柔らかいそれに、生き物の顔が間近にあった。それがとてつもなく恥ずかしくて、生き物を思いきり突き飛ばしてしまった。力がほぼ無かったからか、その勢いに負けて頭を砂浜にぶつけてしまっていた。
でも意識は失ってないみたいで、頭をおさえながら私を掴もうとする手を逃れ、海の中へと逃げていった。
最後に目にはいった生き物が倒れていたようにも思えたけれど、流石にあれ以上は看病できない。
生き物から逃れ、自分が生きてる世界へと向かっていく。
異様に、唇が熱かった。
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