尾ひれのない生き物
何処かの世界には、陸の上を歩行する人間がいると耳にしたことがある。
海中で自由に泳いでいる私には、そんな生き物を目にしたことがなかった。
陸上の生き物と私はどう違うのだろうか。
私の同胞は、魚のような尾びれがピンクだったり、青だったりと色鮮やかで綺麗なのに対し、私の尾びれは黒色だった。
上半身には女性は貝殻などで胸を隠していたりするけれど、私は空から降ってきた長老の言う布を巻いていた。
陸上の生き物は、そんな醜い姿の私よりも綺麗なのだろうか。
長老は言った。私の尾びれは大人になると色が変わると。
他の皆は小さい頃から色があるのになんで私だけ。長老は少し嘘つきだ。
だって、今日で私の誕生日であり成人式なのに……尾びれは黒色のままなのだから。
「あ、夜美ちゃんー!」
「……飛鳥ちゃん」
「お誕生日おめでと!!」
こんな私に近寄ってくれる小さな女のコは飛鳥ちゃんという名前で、尾びれは淡い黄色だった。私より年下の彼女の尾びれを羨ましく思いながら見つめていると、飛鳥ちゃんは笑顔で私に訊ねてくる。
「大人になると海面まで行っていいんでしょう? いいなぁ! 私もお空見たい!!」
私達一族にもルールみたいなものがある。
一つ目は海底奥深く、海面に行きすぎないこと。二つ目ははずれの洞窟に住む魔女に会わないこと、三つ目は人間という生き物に会わないこと。
人間に見つかったら最後、まともに生きられないらしい。そんな恐ろしい生き物に、私はとても興味を持っていた。
「でも、生憎の雨だねぇ」
「……ううん。この方がいい」
「え、なんで? 今日嵐が来るかもしれないし」
「だからだよ。私は強いからね」
私は、同胞とは違っていた。
同胞は年をとる。死んでしまう。だけど、私は死なない。年をとらない。
大人に、なれないんだ。
だけど、その代わり体は極端に丈夫だった。だからこそ嵐の海なら、海面は私一人になれる。
そして、一族にバレずに人間というものを探せる。私と同じかもしれない、人間に。
「もう行くね」
「えー! でもお誕生会……」
しょぼんとする飛鳥ちゃんに、少し悲しくなった。大切な友達を悲しませたことと、私の誕生日会なんて、長老と飛鳥ちゃん以外好ましく思ってないんだから。
「ありがとう。帰ってきたらお願いしても良い?」
「! うん!!」
嬉しそうな飛鳥ちゃんに少しだけ笑みを向けた後、私は荒れた海流に逆らって海面へと向かった。
何があるか分からない。
だけど、もしかしたら私が求めるものがあるかもしれないから、私は海面へと向かった。
海面は思った以上に柔らかいものだった。それを突き破ると、私の尾びれのような色の空に、点々と白い光が瞬いていた。あまりの壮大さに唖然としていると、遠くからどんちゃん騒ぎが聞こえた。そちらに向かって泳ぐと、大きな箱みたいなものが浮かんでいた。
その箱の中身はキラキラ光っていて、下から見上げるだけでも別世界だった。
そして直感で気がついたんだ。あそこの生物は私とは違う生き物だって。
期待はずれに呆然としていると、箱の中から何かが現れた。それは私達生き物と良く似た姿をしていた。
何故かその生き物が気になって、もっと近づいて見てみたいと思っていたら、急に空から、箱の灯以上の輝きと共に風が吹いて、波が船を大きく揺らしはじめていた。嵐がこちらにきたのだろう。
箱から顔を出していた生き物がその勢いで外に飛び出していた。そのまま海の中に沈没してしまった。
その生き物には、私みたいな尾びれすらなく、海中でもがいていたけれど、私の方に顔を向けたそいつの顔が目に焼き付いて、離せなくなってしまっていた。
瞼を閉じて力なく海流に漂う姿にあの生き物が海の中ではいきれないことを理解して、私は慌ててそいつのところに泳いでいった。
その生き物を脇に抱えて海上に顔を出しながら、陸へと向かうなか、さっきの箱が横向きになっている様を遠目で見ていた。
海中に他の生き物が沈むなか私は、たった一人の生き物だけを助けることしか出来なかったんだ。
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