欲求、トモダチ症候群
私があの胡散臭い男のモノになる?
本性を現した男が私に予言した言葉は、到底信じられるモノではなかった。
だいたい、私が男のモノになるってことは、男に惑わされていた女どもと同じになるということだろう。そう消耗品に成り下がるつもりはない。というか、私は消耗品にすらならない生き物だ。
ふと、自分の両手を見下ろしてみた。きっとこの中身には赤い液体が流れているんだろう。自分の液体というものは何度か目にしているが、傷跡が一切見つからない。
きっと、あの男も私の異常性を理解したら離れていくだろう。つまり、私が拒否するまでもないんだ。
一日の授業が終わったあと、教科書だけはいったスクールバックを肩にかけて廊下へ出ようとすると、そいつが何故か壁にもたれていた。
「何、してるんだ」
「一緒に帰ろうよ。夜美ちゃん」
また作ったような笑みを私に向けるコイツに身の毛がよだちそうになった。その顔やめろと言いたかったが、周りのやつらが私や気色の悪い男を見てヒソヒソとなんか囁きあっていた。
あのふたり付き合っていたのとか、あの番長まで落としたのとか、私にとって不本意すぎる考察に怒鳴ってやろうとしたら、後ろから何かがひっついてくる。
「ハイハイ怒らないの」
「っ――!?」
「ほら、帰るよ」
そのまま首に巻かれた腕が離れて私を引きずって帰宅しようとする男に、私達を見てとうとう写メとかしだす野郎ども。
これは、もしかしたらダメなパターンなのかもしれない。
だけど、角を曲がってそのへんに誰もいなくなったことを確認した男は大きなため息をつきながら私の腕を離した。
「たっく。あんなところで暴れようとするバカだとはね。流石番長だよ」
「て、めぇ……!!」
「あとてめぇとかやめてくれない? 僕は君より年上なんだ。オズベルト先輩とでも呼びなよ。ああでも、ちょっと他人行儀かな……オズ先輩でいいよ」
そんな親しいように呼びたくないものの、どうやら本当に先輩らしい。
こいつが年上なのは尺にさわるけど、確かに先輩なんだから多少は敬意を……敬意を……。
「お前なんかに敬意を払いたくない。でも、先輩呼びはしてやる」
「はっきり言うね」
オズベルトは上機嫌で私の横を歩こうとしていたから、わざと離れて歩こうとするとすぐ距離をつめる。それをやめろと言うためにあいつの顔を見上げたのに、やつは私が嫌がることを知ってか知らずかにやにやとしていた。
「……わざとか」
「僕はただ、君に好かれたいだけだけど?」
「嘘つけ。私なんか本当は好きじゃないくせに」
そう口にすると心外そうな表情を浮かべて私の前に立ちふさがった。鼻先がふれるほどの距離まで顔を近づけたオズベルトが私の目を見つめる。ただし、他の人間には一切むけないような邪悪な笑みを浮かべていた。
「興味はあるよ。だからこそ、欲しいんだ」
「……どこか、嘘ついてるだろ」
「じゃあ、何処が嘘ついているかわかる?」
くすくすと笑いながら、男は私と距離を詰めていった。こいつは逃げ場をなくすことが好きなのだろうか。
どれが嘘で本当かわからない。ただ、目の前の男が異常であることだけは理解できた。
黄緑色の瞳が私を見下ろす。そして、その瞳がまぶたで不気味に歪んだ時、オズベルトは私にこう口にした。
「君は何が欲しい?」
「……は?」
「欲しいもの買ってあげる。だから、僕のモノになりなよ」
なんだコイツ。何言ってんだ。どこの不審者なんだ?
だけどオズベルトはさも当然のように訊ねてくる。これは買収ということなんだろうか。
全く、こいつのやり方は腐ってる。
「欲しいものなんてない。あいにく、私はモノでつられる人間じゃないからね」
「……ふーん。変なの」
「変なのはお前だ。普通買収なんてしないぞ」
「だいたいの女は万札積めば落ちるけどね」
「最低だな……本当」
「僕は、顔も金もいらない君が欲しいもの、気になるけどね」
人を小馬鹿にするように、だけど本当にしりたいのか私に訪ねてきた。
私の欲しいもの……私が、欲しいもの、か。
「友達が欲しい」
ふと、そんなことをぼやいたらオズベルトはキョトンとして、そしてお腹を抱えて笑い始めた。本気で私を馬鹿にしているのかと殺意が芽生えて、木刀に手をだそうとしたらオズベルトがお腹を抱え、肩で息をしながら私にこう口にする。
「そうだね。じゃあ、まずオトモダチになろうか」
含みのある言い方。それは、印象をよくするためだろうか。
友達も選ばなきゃならないし、こんな最低な男を友達にするのはおかしいかもしれない。だけど。
私も、人を選べない立場なのは十分承知している。
「……トモダチなら、なってもいい」
「そこから僕のモノにするつもりだけどね」
「だから、やれるもんならやってみろよ」
少し歪な関係だけど、私は今日、トモダチができた。
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