狼少年さんいらっしゃい
目の前が血の海だなんて、見慣れたことだった。
だけど、やっぱり嫌なものは嫌だ。
目の前で、薄く笑った姉ちゃんの血まみれな姿も、下に転がった男達のバケモノを見るような瞳も。
なにより、姉ちゃんが何をしでかしたか全て思い出せない自分自身が、気持ち悪くて、不気味で、怖かった。
「……ッ」
「あ、真也何処いくの?」
「教室。姉ちゃんも余計なことしないでよ! 毎回毎回……!!」
俺より遥かに小さい女のコを鋭く見下ろす俺に、興味無さげに俺を見上げる姉ちゃんは、木刀をブレザーの肩に羽織った学ランにしまった。何でタイプの違う制服を肩にかけてるんだ。恰好つけているなら止めてほしいけど、あの学ランが丸々武器袋であることを知ってるからなにも言えない。関わりたくない。
「そっ、もういいや。
でも何かあれば言ってね。家族は大切にするものらしいから!」
満面の笑みを浮かべて、正論を人事のように語る姉ちゃんはやっぱり、バケモノだった。
その後、姉ちゃんの言葉を無視してそのまま靴箱まで向かった。ああ、遅刻してしまう。急がないと。
「もう……。何で上手くいかないんだろ……!!」
髪の毛をぐしゃぐしゃにしてしまいたい。
塞ぎこみたい。愚痴をいいたい。
姉ちゃんを、殺したい。
消えてくれてもいいのに。なんで生きてるんだよ。自重ってものがあるでしょ。なんでただでさえバケモノなのに、俺にまで絡むの? 余計なお世話だよ。
そんなことを考えても姉ちゃんは死なない。あの人は、何をしようと、何をされても死なない。だから可笑しいことになってしまったんだから。
「唯ちゃああああああああん!! 酷いよぉおおおおおおお!! 保健所で唯ちゃんのお迎えを待ってたのに!!」
「うるせぇええええええ!! てめぇどこからわいてきやがった保健所というか地獄に堕ちろこらぁああああああああ!!」
廊下では、体育館に向かうはずの黒髪の女のコが椅子で金髪の美人さんを殴っていた。加減すぎて、他の生徒の顔色は真っ青だったけれど、この程度なら姉ちゃんの喧嘩でも見慣れてるし、実際されたことが一度だけあるのでなんとも思わなかった。それより。
「(この学校、女のコもロクな子いないのかな)」
金髪の子はなんか、頭からの出血も酷いけど、鼻血と殴られても変わらない笑みは変態としか言えなくて、黒髪の子はもうなんていうか、全体的にアウト。 目が、殺すって訴えてる。姉ちゃんでもあんな顔はできない。あの人は威圧で相手を黙らせるタイプだからな。
「ちょっと、君」
ヤバい。絡まれた。
今まで、厄介な人にしか絡まれたことがないから、思わず後ずさってしまった。姉ちゃんに因縁つけたヤツとか、姉ちゃんに恨みがあるヤツとか、姉ちゃんを殺したいヤツとか!
「何か、変なこと考えなかった?」
黒髪の女のコは、ニコリと笑みを浮かべる。それはそれは、先ほどの瞳孔ガン開きの据わった目なんて思い出せない程に、普通の笑みだった。
だから逆に怖い。
「な、何も」
関わらないのが一番。そう本能が告げていたので、従った。黒髪の女のコは少し疑うように俺を見上げてる。ちなみに黒髪の女のコの右手は金髪の女のコの顔面を鷲掴んでいる。手には血管がういていて、ミシミシと金髪の女のコの頭蓋骨の音が聞こえた。それ以上に「唯ちゃんに上目遣いしてもらいやがってデクの棒が……!!」と俺を血眼で睨み付ける金髪の女のコ。
「(やばい……この子達……!!)」
「あのー…」
少し低めの、落ち着いた別の声が聞こえた。振り向くと、苦笑した男子の制服を着た揉み上げが鎖骨くらいまで伸ばした少年がいた。
心臓が、高鳴った。
「(は?)」
なんだ、これ。
一瞬、電流が流れたみたいに、肌がビリビリした。息が止まった。
胸が、熱い。
い、いやいやいやいや! 俺は、男を見てなにを考えているんだ!
いや、違う……!! もしかしたら、金髪の子か黒髪の女のコを見てドキドキしたのか。
「…………ない! 絶対にない!!」
「なんか侮辱された気がするんだけど」
「唯ちゃんの素晴らしさは私が知ってるよはぁはぁ」
「キメェんだよテメェは土に還れ!!」
「ちょっと落ち着いて下さい。こんなに騒いでたら風紀委員に見つかるから、喧嘩はそれくらいにして」
「ああああ!! 喋らないで!」
「あ、すみません」
「いや、あの、うわぁああああああ!! 嘘だ! 嘘だぁあああああ!!」
俺は、その場から逃げ出した。
絆創膏の子を好きになったのに、男に、男にっ……トキメクなんて……!!
「嘘だぁあああああああああああああ!!」
「……なんですか、あれ」
「さぁ……」
俺は三人から不審者というか、情緒不安定と認識されてしまった。
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