誘拐
昔、私は誘拐されたことがある。父さんがなかなかに裕福な身分で、私はそれに目をつけられたらしい。
でも、その誘拐犯に私は性的に手を出された。といっても中にはいれられてない。身体を触られただけだ。とても気持ち悪かったことは覚えている。
だから、私は反撃した。それに苛立ったのか私を襲いかけた男が私の首にナイフを突きつけた。だけど、私は負けじと抵抗して、そして――。
胸に、深々とナイフが突き刺さった。
取引物が無事でないかもと大慌てした誘拐犯達だったが、私の様子を見て固まった。
そんな彼らを認知できる余裕が私にあったことがまず異常だった。胸からナイフを抜き出すと大量の血液が男達を浴びせる。一人はそれで気絶してしまった。
自分の血で滴った身体と、ナイフを手にした私を指差し、誘拐犯はこう叫んだ。
『バケモノ!!』
ってね。
ああ、そうだ。私はバケモノさ。アンタ達みたいに群れたら相手を傷つけるバケモノだ。
そして、私は初めて人間を殺した。真っ赤になった私を鬼子と罵った人間も居た。だけど事件は私が人間を殺す、というよりは誘拐犯が殺しあいを始めたということですんだ。
死人に口なしとはこのことを言うんだろう。
それから私は武家の息子のように振る舞った。私は直ぐに将軍に気に入られたし、一家が更に栄えるのも嬉しかったは嬉しかった。
だけど、やっぱり私はそれを望んでない。
争いが欲しいのかもしれない。だけど、それ以上に偽りでも可愛いと言ってくれて、ご飯を作らせてくれて、食べてくれて、美味しいといってくれた。
バケモノの私をただ抱き締めてくれた。一緒に血まみれになってくれた。怖くないといってくれた。名前を呼んでくれた。
私を、見つけ出してくれた。
そんなオズベルトだけが、私は欲しくて欲しくて仕方がなかった。
身支度なんてしてない。オズ以外何もいらないから。
ただ、動きやすい黒いドレスを着ていた。男装は灯真さんに没収されたから。
そして、やっとカツリカツリとこちらに足音が近づいてくる。足音が大きくなり、私の鼓動も同化していく。私の部屋の前で足音が鳴りやんで、ドアが開いた。
「見つけた」
ああ、また見つけてくれた。
こんなちっぽけなバケモノを、薄暗い中から見つけるなんて凄いよ。
だから、大好きだよ。
私は床から立ち上がってオズの胸の中に飛び込んだ。
▽△
「よくもまぁ、こんな道作ったね」
「あの屋敷は好きじゃないから、脱出用なの」
「いいこと聞いたよ。これで何時でも攻めはいれるね」
ケラケラと笑う男と、私の手が重なっていた。二度と離れないと言いたげに指が固くからめられている。
私がオズを見上げたら、オズがこちらを見下ろす。脱出用の扉から抜け道をくぐってのち、暗闇に伸びる外の一本道に出てオズが言った。
「嘘だよ。君が居なきゃ、あんな一家大したことない」
「……じゃあ、私がオズのとこにいたらオズは凄くなる?」
「君の力なんてなくても僕はやるときはやる」
その時、オズが私の体を寄せた。パカパカと近づいてくる馬車にオズは薄く笑みを浮かべる。そして、私に着せたローブのフードを深く被せ直した。
「ちゃんと顔隠しときなよ」
「……うん」
「ほら、ぼさっとしないでよ」
何故か馬車はオズの目の前に止まった。そして私に手を差し出すオズ。
この手をとれば、オズといられる。だけど、皆を裏切ることにもなる。
皆を裏切って良かったのか、今更ながら怖くなってきた。震える私に、だけどさらって欲しい私にオズは呆れながら口にした。
「君がしたいようにしてみなよ」
確信した笑みに、余裕そうに笑うオズ。それは悪魔の誘いのようだった。
だけど、そんな笑みに私はつられて笑い、手をとってしまった。
何があろうと、私がどう思おうと、オズには敵わない。そう思ったから。
私は、オズに望んで拐われた。
End
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