混乱
鋼の要塞、とまでは言わないけどなかなかにキツイ。
僕の行く手を予想しているとばかりにトラップだらけの屋敷に笑ってしまいそうになるほどだった。
何で僕はこんなことをしているんだろうか。
暗殺も失敗した。情報さえ聞き出せていない。
そんな状況が許せなかっただけなのか。
…………本当は、分かってる。
いつの間にか、僕まで夜美に感化されていたことくらい。
僕のために料理を作ったり、一喜一憂を見せたり、はじめての時に見せた顔、殺そうとした時のふざけた寝言、殺人を平気で犯しているにかかわらず、今にも潰れてしまいそうな精神、仮面舞踏会での全てを諦めたようなそんな雰囲気。
いつの間にか、殺せなくなっていた理由くらい。
だけど、絶対言葉にしてやらない。言葉なんかで、終わらせない。
君だって、その方がいいでしょ?
「あのキチガイ伯爵はどこだ!?」
「ロリコンか。さぁな。あっちかもしれん。つか領主様の連絡は?」
「あの正太様は夕奥様にただいま襲撃されてる」
「何で!?」
「わからん……「私の服捨てやがったなクソ野郎」とは言っていたが」
「それじゃね?」
……ここの兵隊、敬意とかまったくないじゃない。だいたい僕を馬鹿にしてるのはわざとなのか。ここででたら袋の鼠だからでないけど、何もなかったら潰していた。
さっきよりは兵隊の監視がマシになっていると思ったら、正太という男も簡単にはうごけないってことだね。自業自得な理由っぽいけど。
兵隊の目をかいくぐって、僕は地下へと向かっていった。兵隊が馬鹿だからか、情報をべらべらと話してて地下にいるとほざく。それが罠なのかもしれない。だけど、あのバケモノなら地下にいそうだと判断した。
地下へ地下へと向かっていくと、階段を下りて、分かれ道がない向こう側に見たことがある男を目にした。確か、風来だったか。
風来は鋭い目つきですぐさま隠れた僕を見つけたようで、足音をたてて近づいてくる。こうなったらと隠し持っていたナイフを取り出して風来に立ち向かおうかとナイフの柄に触れた。
だけど、空いているほうの手首を誰かが掴んで、僕を引っ張る。
それが誰かはわからない。だけど、黒髪の女が物置みたいな場所に僕を隠して、扉の向こう側で会話をし始めた。
「……おや。貴女は上に避難しろと真也坊ちゃんにいわれていませんでしたか? あと、先ほどここに黒髪の男が現れませんでしたか?」
「……風来さん。私が男っぽいからって男と勘違いしないでください」
「……ところで、そこに何が?」
「喉が渇いたのと……真也に、何かつくろうかなって。毛糸探そうと思って」
「じゃあ俺が」
「いいですよ!! こういうのは私が見つけなきゃならないし! またマフラーの編み方とか教えてください。というか、何か用事じゃないですか?」
「……侵入者のこと、聞いてないんですか」
「ああ……騒がしいと思ったら……。真也は沙弥ちゃんは何も心配しなくていいからねって感じでしたし」
「……そう、ですか」
「そういえば、兵士がなんかパニック状態になってましたが大丈夫ですかね?」
「ちっ。仕方ありませんね。俺が指示してきます」
「舌打ちしてますよ……」
「ほっておいてください。俺だってイライラすることあるんです」
そして、カツカツと足音が離れていった。ほこりっぽい倉庫の扉を開けたのは、黒髪の日本のキモノとやらを着ている女だった。
「……大丈夫かよ。黒髪さん」
「……僕を助けてどういうつもり?」
すぐに立ち上がって、倉庫から出る僕にソイツは肩をすくめてさっき風来がいた道を指差す。
「夜美さんはこの先だよ」
「……」
「別に、私はアンタを助けたかったわけじゃないさ。夜美さんを助けたかったんだ」
そして、女はしたり顔で腕を組んだ。
にやりと笑い、僕の目をまっすぎに睨みつけ、言いつけるように言葉を紡ぐ。
「私は、夜美さんの笑顔を守りたいだけだ。だから、ちょっと力を貸しただけ」
そして、女はどうぞ、プリンスと道を開けた。キザな身振りとやってみせろよと言いたげな口調が腹立たしいことこの上ないが、今は風来の件もあって言い返す時間も惜しい。
そして、女に背をむけて、女の嘘か本当かわからない言葉を信じて先に進む。
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